名作の後日譚を勝手に妄想するのはおもしろい。小説やコミックなど、人気作ほど妄想が広がる。さらに、空想歴史というのも一つのカテゴリーだ。
この「えんま寄席」は、その素材を落語に求めている。たしかに、これはちょっとした盲点だったかもしれない。
落語の噺には長短あれども、いわばほとんどが「短編」である。もっとも、数年単位の時間軸が流れるものもあるが、その場合も間は端折って進んでいく。当然のようにうまくまとまっていて、それらが「古典」として多くの噺家に何度となく演じられ、聴く方も飽くことなく笑っている。
ところが、「うまくまとまっている」からこそ、ツッコミを入れたくなる部分があることもたしかだ。登場人物の多くは善人であり、道に外れていてもどこか憎めない。もちろん圓朝の噺のように凄惨なものもあるけれど、ある種の予定調和がある。
春風亭昇太などは、「愛宕山」を後日譚付きで演じることがあるけれど、それはそれで相当に面白い。
この「えんま寄席」は、名作落語の「その後」を展開させていくのが基本的な構成だ。題材になるのは「芝浜」「子別れ」「火事息子」「明烏」だが、バラバラというわけではない。どこかの話に出てくる「あの人」が、ちらりちらりと現れてきたりする。
バラバラではなく、1つの世界観を構成しているのだ。 >> 【梅雨だから本】江戸落語の後日譚を妄想してみる面白さ「えんま寄席」の続きを読む
「歴史小説」と「時代小説」は、ちょっと違う。前者は実在した人物を中心に描いたもので、後者はとある時代を舞台にしたフィクションだ。とはいえ、その境界線も曖昧なところがある。
司馬遼太郎は、間違いなく前者だ。また、池波正太郎の「梅安」などは後者だけれど、「鬼平」などは実在の人物ではある。とはいえ、相当がフィクションだろうから時代小説といっていいだろう。
そう、歴史小説はきちんと時間軸が進行していくのに対して、時代小説は「サザエさん」的な場合もある。いずれにしても、この辺りは作者の匙加減次第なところもあって、隆慶一郎の「影武者徳川家康」のように、登場人物は実在だけどストーリーはまったく異なるというパターンもある。
そして、近年の歴史小説は史実をなぞるだけではなく、いかに人物を描くかという方向になっていると思う。
これは、やはり司馬遼太郎の呪縛と、そこからの脱却が大きいだろう。戦国時代などの「基本的知識」は司馬小説によって知った人も多いと思う。ただし、その限界もあると感じている。登場人物は大きな歴史のベクトルの中で行動するが、どこか構造の中に捉われているようなイメージだ。
司馬小説は「歴史を動かす見えない力」であって、一人ひとりのインサイトがどこか薄い。ただし、だからこそ昭和のサラリーマンには受けたのだろう。目の前で起きている権力闘争などを理解するのには、ちょうどよかったのだ。 >> 【梅雨だから本】司馬の呪縛が解けた世代の快作「くせものの譜」の続きを読む
トム・ヒレンブランド(著) 赤坂桃子(訳) 『ドローンランド』 河出書房新社
というわけで、雨の多い季節が来たので、最近読んだ本の話など。まず最初は、ドイツの近未来SFミステリーだ。
未来を舞台にした創作物には、作者の「割り切り」が大切だと思う。
そもそも、未来のことなんか誰にもわからない。だから、「こうなるんだ」と断定した方が簡単だ。2001年になって、「別に宇宙に旅してないだろう」と後でツッコミを入れるのは誰にでもできる。発表時点で、「こうなんだ」と言い切ったものが勝ちなのだ。
ただし「近未来」となると、ちょっと様子が違ってくる。「なるほど、こうなるかもしれない」というリアリティを維持しつつ、読者の期待を上手に裏切ることが求められる。
このドローンランドは、その近未来を舞台にしたSFであり、ミステリーだ。作者はドイツの各賞を獲得したようだが、ああそうだろうな、と思う。
卓越した世界観と、緻密なストーリー、そしていきいきとした人物たち。ミステリーとしての精緻さを求めると、いろいろ言いたくなる人もいるだろうが、近未来世界をここまでキッチリと描き込んでいる小説はそうそうないだろう。
近年話題になるミステリー系の小説には、北欧の作品が多い。ドイツの作者だとセバスチャン・フィツェックの「ラジオキラー」とか好きだったが、警察組織の内側を描くときのコッテリ感は、このドローンランドも通じるところがある。 >> 【梅雨だから本】絶妙の近未来ミステリー「ドローンランド」の続きを読む
深緑野分 『戦場のコックたち』 早川書房
最近、日本のミステリーの新作を読むと、なんかスッキリしないことが多かった。
先日書いた「王とサーカス」とか「64」とか、まあ世間の評判と自分の好みがズレているんだろうけど、この「戦場のコックたち」には結構引き込まれた。
ミステリーとしていろいろ突っ込むとキリがないかもしれないが、「次作も読んでみたい」と感じがする。デビューの短篇集に続いて、これは初の長篇となる。
ただし、いわゆる「連作」というスタイルだ。プロローグとエピローグを挟んで5つのエピソードが語られる。ただ、登場人物は同一という体裁だ。
というように書くと、北山薫のシリーズを思い起こすかもしれないが、タイトルとおり舞台は戦場だ。人は次々と天に召される。
この小説が意欲的だな、と思うのは、まず舞台の設定だ。第二次世界大戦の末期、あのノルマンディー上陸作戦に参加した米軍の群像を描いている。主人公はいわゆる「特技兵」で、タイトルの通りコックだ。 >> ジンワリ響く群像劇のミステリー『戦場のコックたち』の続きを読む
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米澤穂信氏の作品が、ミステリー小説の人気ランキングの上位常連、というか言わば“V2”を達成するなど人気になってる。週刊文春や「このミス」などの年末恒例の投票で、一昨年は『満願』、そして昨年は『王とサーカス』が1位になった。
『満願』は短編集で、舞台は日本の日常的なシーンである。そこに隠された人間模様が伏線になり、事件が起きて謎が明かされる。どこか連城三紀彦を連想させるが、同じような感想を持った人は多かったようだ。
『王とサーカス』は、カトマンズを舞台にした作品で、21世紀初頭に起きたネパール王室殺人事件を題材にしている。主人公は元新聞記者のライターで、騒動のさなかに別の事件に出くわすことになる。
個人的な感想を言うと「悪くはない」という感じだろうか。一年間にあれだけの作品が発刊される中でのトップなのかと思うと、少々複雑だ。
まあ、横山秀夫の『64』も、冗長さだけが鼻について全く良いと思わなかった。なんか評判の料理屋に連れて行ってもらって、適当に相槌打ちながら食べているような感じだ。本でも料理でも、世間の好みとずれていることは多々あって、それで何の不自由もないから別にいいんだけど。 >> 【GW本祭り】『王とサーカス』に?な人には、『折れた竜骨』をぜひ。の続きを読む