大学生が本を読まないという話は、結構前から呪文のように言われている。
最近の調査では、1日の読書時間が「0分」という学生が過去最高になったという。こういうニュースは、調査の中で一番目立つところを抜き出すので、実態を知ろうとするなら元のデータを見たほうがいい。
全国大学生活協同組合連合会の第51回学生実態調査の概要報告(ああ、長い!)というこちらのサイトに行くとその内容がよくわかる。
このサイトの中に、過去10年ほどのグラフがある。そこで見ると、たしかに、「0分」という学生は史上最多で、45.2%になっている。それを見れば「最近の大学生は本を読まない」というように思うが、よく見るとそうとも言い切れない。ポイントは以下のようになる。
① 「30分以上60分未満」と答えた学生は23%で昨年より減っているが、10年で見ればほぼ横ばい。
② 「60分以上」という学生は20%で、これは10年前の25%からは漸減傾向
③ 「30分未満」という学生が2013年の18%から6%に急減
④ 「0分」という学生が2014年の40.5%から45.2%に増加
つまり、「30分以上」という学生の総和はあまり変わってない。「30分以下」というのは、1分でもOKなのだが、その層の学生が「0分」になったという感じだ。 >> 大学生は本を読まなくなった、は本当か?の続きを読む
学生が新聞などを「読む必要がない」と考える場合の大きな理由は「マスメディアは真実を伝えているのか」という立場からの発想だ。ネットが広がってから、当然この傾向は強い。ただし、ネット言論の発達がマスメディアへのチェック機能を果たせば、長期的には修正されると思っている。
ただ、僕が「新聞を読んだ方がいいよ」とハッキリ言いにくい理由は別にあって、単純に言うとカネの問題なのだ。実家から通っているならともかく、一人暮らしで月に4000円あまりの金額というのは、学生が自分で払うには結構きつい。仕送り額は、ずっと減少傾向にある。
もっとも、この金額を高いと思うか妥当だと思うかは人それぞれだろう。ただ、学生に限らず新聞代というのはいわゆる「家計リストラ」では真っ先に上がるくらいだ。実際に家計簿を管理すれば、まず固定費に手をつけるわけで、実は新聞の購読者減少の大きな理由はここにあるんじゃないかと思っている。
そもそも、新聞や雑誌、書籍はずっと価格が上がり続けている。新聞だと平成元年が3000円くらいだから、かなりの上昇率だ。それなのに「より安い代替手段」が少ない。この時点で、「読むかやめるか」の二択になってしまう。
あらゆる商品でデフレが続いたので「割高感」は、当然強い。
>> 「電子版・精選記事・学割¥2000」の新聞ってないのかな。の続きを読む
このブログのタイトルに対して「もちろん」という人はどんどん少数派になっていると思う。僕も「読むべき」とは言い切ってない。じゃあネットのニュースで足りるのか、というとどうも足りてないように思える。
もっとも新聞離れというのは今に始まったことではなくて、いまの50代の行為者率も5割を切っている。(こちらのページが参考になる)「新聞がなくても事足りる」というのは、僕の同年代にも結構いた。ただしテレビ欄がないのが不便なので、その代わり職場で生保が配っていた「ザ・テレビジョン」を重宝していたりしたのだ。
いまやネットが中心になってこの傾向はますます加速してる。
それによって、情報がどんどん偏っているんじゃないか?というのは他の先生とも近年のテーマになっている。就活が始まった頃に、この情報バランスの悪さが「世間知らず」な空気感に直結するのである。これだけで就活が不利になるのは、何とももったいない。
で、今年の前期の講義でこんなテーマのレポートを課した。
「ネットのニュースだけでいいのか」「新聞・雑誌などを読んだ方がいいか」というテーマで、どちらか自分の考えに近い方を選んで立論をさせたのだ。
結論から言うと、8割が後者を選ぶ。大学生も、「ネットだけではやばいだろう」とは感じているのだ。
そのもっとも大きな理由は、「好きな情報ばかりに接するから」というのが、もっとも多い。これは、僕たちの問題意識と同じだ。最近では永江一石さんが、こちらのブログにも書いている。つまり「情報偏食」とでもいうべき問題だと思っていて、的確な指摘だと思う。
偏食が体に良くないことはわかっている。ただし、偏食にはある程度の心地よさがある。また、学生に影響力のある若い経営者などが「新聞(マスメディア)不要論」を唱えると、「そっかネットだけでいいんだ」と思ったりする学生もたまにいるようだ。