2019年08月アーカイブ

想像以上、と言っては失礼だと思うけど、惹句にある「おちこぼれ兵士たちの活躍を描く痛快歴史エンターテイメント」というイメージとはちょっと異なる。松本清張賞受賞作だから、これがデビュー作ということになるんだろうけど、軽いようで深いと思うのだ。

たしかに、トーンは重くない。主人公は大阪の与力の跡取りだが、明治になってからは道修町の薬問屋で丁稚奉公をしている17歳。

軍歴がないのに、士族の血が騒ぎ西南の役に官軍の兵として加わる。当時、かつて賊軍と言われた藩の元士族が官軍として戦った話は知っていたが、この小説は一味違う。

この主人公は若くして、分隊長を任せられるのだけど、後の3人は年上の曲者ぞろい。ところが、このチームが小気味よく動き出し、キャラクターがイキイキとしてくるあたりがすごくうまい。

で、どこかに既視感があるなと思ったんだけど、これって「ドラゴンクエスト」とかの、ロールプレイングゲームのチームなんだな。主人公は勇者。ガタイのいい武闘家がいて、商人もいる。料理人というのはゲームでは見ない気もするけど、どちらかというと僧侶的な役だろうか。

成長譚ともいえるんだけど、どちらかというと敵キャラを倒してレベルアップしていく感じだろうか。そして、“ぱふぱふ”もちゃんとあるのだ。 >> 軽くて深い『へぼ侍』はRPGなテンポ感。【書評】の続きを読む



すごく簡単に書いちゃうと、「ロシア革命後にモスクワのホテルに軟禁された伯爵が、何十年もそこで過ごす間の、さまざまな人間模様を描いた作品」ということになって、全然面白そうではない。

ところが実際に読んでみると、これが素晴らしい作品なのだ。派手さはなく淡々と進む滋味あふれる作品、という感じでもあるのだけれど、時代を追うにつれて、限られた空間の中で起きるドラマは予想を遥かに超えてダイナミックに動いていく。

もちろんフィクションではあるけれど、時代背景は当然反映されている。伯爵が軟禁されたのも革命という現実からの出来事とされるわけで、その後もスターリンからフルシチョフに至る権力交代がストーリーにも投影される。

そして、この小説では味と音楽が、とても大切な役割を果たす。レストランなどでの食事の描写はワクワクするけれど、もちろん料理の説明が達者だというだけではない。「食べる時間の愉しみ」が、これほど素敵な小説は早々ないだろう。

音楽については、「あ、これは作者がクラシック好きなんだろうな」と思う描写だけじゃなくて、やがてはストーリーを大きく揺るがしていく。これについては、読んでのお楽しみだろう。

というわけで、何だか紹介が難しい小説なんだけれど、米国では大評判の一作で映像化も予定されているようだ。

ちなみに、ミステリー好きな人には特に強く薦めたい。もちろん「ミステリー」に分類される話ではないんだけれど、巧緻な伏線とその糸の織りなしの見事さは、ある意味ミステリー小説的な技巧であるし、「オオ!」と唸らせる要因にもなっている。

さらに、装丁も素晴らしい。小説は基本的にはkindleで読むんだけれど、これは本として手元においておきたい。そんな気分にさせてくれる小説も久しぶりである。

あと、登場回数は少ないけれど、あの可愛い動物も出てくるので、あの動物が好きな人にもたまらないだろう。これは、書影をよく見ればすぐわかるはずだ。

読むだけで、幸せになれる。小説ってそういうものだよな、と読んだ人なら実感できるはずである。

 



哲学の歴史は、理性の歴史である。と、知ったかぶりようなことをいきなり書いちゃったけど、素人的には「まあ、そういうものなのか」と感じるのが普通かもしれない。

ところが、ちょっと考えると哲学者や思想家と言われる人は、「ギリギリのところ」で何かを考え続けていたのではないか?という感覚はどこかにある。作家でも、ドストエフスキーなどは、その「ギリギリ感」がもっとも強烈かもしれない。

本書はそのギリギリ感を「創造と狂気」という視点で編みなおした一冊なのだけど、本当に驚きの連続だった。こんな本は、そうそう読めるものではないと思う。

最近ビジネスの世界でも耳にするのがクレージー(crazy)という言葉で、辞書には「気が狂った」とあるけれど、それは「困ったこと」だけではなく「常識を超えた」というニュアンスでも使われる。

そして、西洋思想史でも「創造と狂気」を結びつける考え方はあり、本書ではプラトン・アリストテレスから、デカルト・カントを経て、ヘルダーリンを転回点としてハイデガー、ラカンそしてドゥルーズへと歴史を追っていく。

いままでも病跡学という研究はあり、そうした学問上の名は知らなくても、いわゆる天才たちの「病」を論じたような話は聞いたことも多いだろう。昨年楽しんだ『ゴッホの耳』などでは、彼の病についての議論も書かれている。ただし、本書はそうした研究をさらに一段高い視点で分析している。

そこでまずハッとさせられるのが「統合失調症中心主義」という言葉だ。 >> 【夏休み書評】『創造と狂気の歴史』の衝撃と納得感。の続きを読む