豊田章男氏の「ドーナツ」スピーチが、構造的に優れているなと思った理由。
(2019年6月26日)

カテゴリ:メディアとか

トヨタの豊田章男社長が、米国バブソン大学卒業式でおこなったスピーチが話題になっている。卒業生として、かつ世界を代表する企業のCEOとして何を話すのかと気になったけれど、多くの人が指摘しているようにスピーチとしての骨格から、ちょっとしたジョークにいたるまで、たしかによくできている。

ライターはいると思うけれど、「自分の言葉」で話しているかどうかは、誰が見てもすぐわかるだろう。

で、この動画を学生に見せようと思って見直して気づいたのだけれど、「コミュニケーションの基本」にとても忠実であることにきづいた。

その基本とは何かというと、「SHARE=分かち合い」だ。どんな流暢なプレゼンテーションでも、対象者と「共有する何か」がなければコミュニケーションは成立しない。コミュニケーションを「伝えること」と定義している辞書は多いが、それならtransmissionでもいいだろう

池田謙一氏の『コミュニケーション』(東京大学出版会)では、そもそもcommunicateの語源をオックスフォード英英辞典(OED)にあたり、紹介されているのだが、それは

To make common to many share,impart,divide

ということで、「多くの人に共通のものとする、分かち合う」という意味合いがあることがわかる。そして「元の語義では伝達先だけではなく、伝達元にも焦点が合っている」と書かれている。

一方的な「矢印/→」ではなく、双方向的な「SHARE=分かち合い」という点でこのスピーチを分析すると、実は見事にそういう構造であることがわかる。

まず「学生の就職への不安」に言及し、「全員にトヨタの仕事をオファーしましょう」と言う。もちろんジョークだが、まず「共通の話題」を見つけ、今度は「それより大切な話」として「今夜のパーティ」へと話題を移す。

大企業のCEOであるが、かつ皆さんと同じ学校の卒業生であるということを共有して、「でも在学時は勉学に追われて「自分はつまらない学生」と振り返り、「でも君たちは違うよね」と話しかける。

この辺りで、話し手と聞き手の距離は一気に縮まっていて、場が「温まっている」ことが伝わってくる。そして、その学生時代にアメリカの「ドーナツ」に夢中になったと話すわけで、これがこのスピーチの核になっている。

こういうスピーチは得てして「自分のことばかり話す」か、「相手に対して説教する」かのどちらかになりやすい。前者は成功した人にありがちな自慢話で、後者は「朝礼の校長説話」みたいなもので人間味が伝わらず、結局何も共有できない。

その後も、幼少期の夢や社長就任後の逆風を話したと思えば、学生に「変化を恐れるな」と説き、日本の新元号の話も、「皆さんの新時代」へと着地させている。

他の部分を見ても、「話してと聞き手」が何を「SHARE=分かち合い」できるかという視点が徹底していると感じた。
時間配分やジョークのタイミングなど「達者なスピーチ」という技術だけに頼ってるわけではないことに気づくのだ。

ちなみにドーナツは何か哲学的な意味があるのかと思ったけど、そうではないようだ。

ただ、ここで「ドーナツに夢中になった」というのは、日本人にとってみては「おにぎり」みたいなものではないだろうか。

日本で学んだ米国の経営者がスピーチして「でもおにぎりに夢中になったんだ!日本のおにぎりがこんな素晴らしいなんて!」と日本語で話したら、きっと大受けするだろう。

ともあれ、これだけ話題になったんだから、これから海外でスピーチする日本の経営者や政治家には、結構なプレッシャーになるんじゃないかな。