卓越したメディア史『オレたちのプロ野球ニュース』【書評】
(2017年12月6日)

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考えてみると、この本は絶妙なタイトルだと思う。

「プロ野球ニュース」に「オレたちの」をつけただけで、この本にどんなことが書かれているかがわかる。そして、ターゲットもピンとくる。

「佐々木信也」が思い浮かぶ人、そういう世代であればきっと面白く読めるだろう。メディアの仕事に関わっているならなおさらだ。

プロ野球ニュースは、1976年に始まった。当時中1だった僕にも、この番組が「画期的」だったことはすぐにわかった。

東京エリアの放送は殆どが巨人戦一辺倒の時代に、すべてのゲームを見せる。しかも同録、つまり音付きである。

しかも今回読んであらためて「そうだったのか」と思ったのは、「磁気トラック付きのフイルム」を使っていたということだ。改めて考えると、これは凄い。だって、試合終了からオンエアまでの間に、「現像」して編集までする必要があるのだ。

当たり前のように見ていたプロ野球ニュースだが、いろいろな意味で画期的だったのである。「今日のホームラン」とか懐かしいし、「珍プレー・好プレー」もこの番組から生まれた。

この番組の転換点は、1988年のキャスター交代、つまり佐々木信也の降板だろう。これは、当時のフジテレビにとって大きな決断であり、この本のある意味でクライマックスだ。中井美穂が週末を担当するなど、いままでと大きく番組の方向性が変わったわけだが、時はバブルだ。

フジテレビも絶好調であったわけで、この転換は当時としては正しかったように思える。

しかし、ジワジワとプロ野球中継の視聴率が低くなり、1993年にはJリーグがスタートする。

この辺りから「プロ野球ニュース」というタイトルだが、サッカーも扱うようになるわけだが、やがて2001年には25年の地上波放送の幕を下ろして、CSでの放送となった。

プロ野球中継の視聴率がどんどん低下して、「テレビを通じたプロ野球ファン」はジワジワと減少する。球団が日本中に散らばり、「球場が盛り上がる」までには、まだもう少し時間がかかったわけだ。

企業や商品のライフサイクルを四半世紀から30年で捉えることがあるが、これはだいたい「1世代」と合致する。

この本は、取材をとおして淡々と歴史を紐解いていく。著者の余計な思い入れは排除されていることで、人と人との関係が浮かび上がって来る。

メディア史としても素晴らしいし、社会史でもあり、この番組を見た人にとってはそれぞれの個人史かもしれない。

著者の作品は野球を中心に多いが、「最弱球団 高橋ユニオンズ青春記」もとてもおもしろかった。

というわけで、このタイトルと佐々木信也とバックの映像の表紙に「ピンと来た」人には、ぜひお薦めである。