寛容なイスラムを知るためにも『アルカイダから古文書を守った図書館員』【書評】
(2017年8月28日)

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【読んだ本】ジョシュア・ハマー著/梶山あゆみ(訳)『アルカイダから古文書を守った図書館員』紀伊国屋書店

私たちは、本当にイスラム文化のことを知らない。いや、そうやって勝手に「私たち」としてしまうのは、ちょっと強引かもしれない。でも、少なくても僕の知識なんかは相当適当だ。

そして、アフリカを舞台としたイスラム文化史のこととなると、過去はもちろん「いま何が起きているのか」もあまりに無知であることを痛感した。

ヨーロッパで印刷革命が起きた16世紀には、アフリカでは多くの書物が存在していた。それは、おもに個人の手で保管されてきたが、1980年代以降に徐々に収集されて、やがて図書館が建設される。

このノンフィクションの舞台は、西アフリカのマリ共和国のトンブクトゥという都市で、主人公はアブデル・ハデル・カイダラ。彼は研究者だった父の仕事を受け継ぎ、若い頃から国中を行脚して古文書を集めていく。まず、その苦労話から物語は始まる。

やがて収集が進み、米国の財団からの援助もあり図書館をつくる。文芸書から法学、あるいは天文学や医学にいたるまで実に幅広いカテゴリーの書物がアフリカにはあった。

それは長いこと埋もれ「ないもの」とされていたのである。

本書ではあるイギリスの歴史家が1963年にBBCのインタビューで語ったことが引かれている。

「あるのはアフリカにおけるヨーロッパ人の歴史のみ。それ以外は、闇が広がるばかりだ」

そんな“常識”を覆して、新たな文化の歴史を文字通り「発掘」していくのだが、やがてアルカイダの勢力がこの国にも広がっていく。

本書を書いたニューズウイーク出身の米国人ジャーナリストだが、中盤からはイスラム原理主義のアフリカにおける実態についても描かれる。

そして、後半にトンブクトゥから古文書を脱出させる大作戦が始まる。

イスラム原理主義を標榜するアルカイダは、かつての「イスラム文化の多様性」を語る古文書の存在を許さないのではないか……戦火の広がりとともにそうした危機感がハイダラを突き動かすのだ。

そして、予想通り彼らは焚書をおこなうが、その際には大部分の古文書は脱出に成功していたのである。

驚くのは、この脱出作戦に要した100万ドルほどの資金の調達だ。既にユネスコなどでも知られているハイダラたちは、広く世界から援助を得る。ドバイの文化遺産センター、オランダのクラウス王子基金、さらには「オランダ国営宝くじ」にクラウドファンディングなどが援助して、米国の地方銀行が送金する。

こうした西洋とアフリカの緊密な関係なども、なんとなく想像はしていたものの、やはり「知らない世界」のできごとだった。
また、その後にフランス軍がマリのテロリストをせん滅させた「セルヴァル作戦」の描写も生々しい。

本書を通じて、一番感じるのは「寛容なイスラム」の存在と、大局的な「不寛容なイスラム」という対立だ。

そして不寛容な人々によるテロが続く中で、イスラムの人々を正しく知るためにも、本書の価値は大きく、その問いかけは重いと思う。