暑い週末だった。
日曜は17時からの渋谷らくご、月曜の午後はインバルと都響で「大地の歌」。考えてみると、「海の日」に「大地」だったのか。とはいえ、この日にドビュッシーをやるようなベタな企画はさすがにないんだろう。
都内の道は空いていて、東京ならではの連休だった。
で、愉しめたのが渋谷らくご。どうも行きたい時と日程が合わずに初めての経験だった。演目は、こんな感じ。
瀧川鯉斗「転失気」
立川こしら「壺算」
春風亭柳朝「お菊の皿」
春風亭昇々「千両みかん」
鯉斗はこの演目を“修行中”という感じで、柳朝はやや大人しい。というわけで、こしらと昇々が場をさらった感じだった。たしかに、おもしろい。そして、よく考えている。
ストーリーはきちんと組み立てつつ、キャラクターに癖をつける。「壺算」だと買い物に行く主人公の間抜けな感じが浮き立つし、「千両みかん」では番頭の粗忽が強調される。
昇々の師匠の昇太が「落語は追い詰められた人間を描く面白さ」と言っていたけど、まさにそんな感じだ。
この2人は、いい意味で意地が悪い。客の想像を微妙に裏切る。そこに、意外性の笑いがある。すべてを一人で演じる落語家にとって、この「意地の悪さ」はとても大切な要素なんじゃないか。
もっとも名人となると、そういうことを感じさせないが、いまの環境で若手が目立つにはそうした捻り方も求められるんだろう。
あと、まくらを聞いてて感じたが、この2人とも「笑われる」ことがうまい。「笑わせる」のではなく「笑われる」。つまり身の上話などをして、自分をネタにするのだが、これをダメな人がやると全然笑えない。
つまり、堂々としているから「笑わせる」芸が気にならない。
勢いのある噺家って、そういうもんなんだなと改めて思う。
しかし、この「渋谷らくご」はいろいろ考えられて企画されているんだなと改めて思う。2時間で4人というのは、本当に絶妙だ。
寄席はいろいろと聞けるが、さすがに長い。ホールの落語は、好きな人を聞けるのだがいちいちチケットを追っかけなきゃいけない。その辺りの、いいとこどりになっている。
椅子もいいし、2時間というのは映画一本だから多くの人に馴染みのある感覚だ。
他にも「ひとりらくご」「ふたりらくご」「まくら王」とかいろいろある。企画のサンキュータツオさんのアイデアなんだろう。配信も充実しているようだ。
というわけで、来月もまた行くことにした。「初心者でも楽しめる」って銘打っているけど、そういうものは誰にとっても楽しいってことなんだと改めて思う。