自伝の楽しさ~フォーサイスと蔡英文。
(2017年4月20日)

カテゴリ:読んでみた

自伝は、割り引いて読んでしまう。もう、失うものがないような人ならともかく、まだ社会の一線にいる人なんだから、「知ってほしい」ことを書く。とはいえ、いいことばかり書いていたらただの自慢話で、誰も読んでくれない。

というわけで、ある程度予定調和になることが多く、「私の履歴書」などにはある種のパターンがある。だからこそ、ニトリの社長の時は結構驚いたけど。

とはいうものの、フレデリック・フォーサイス『アウトサイダー 陰謀の中の人生』(KADOKAWA)は、想像以上におもしろかった。

初めて彼の作品に触れたのは『悪魔の選択』だったと思う。1979年だから、高校に入った年だったのか。そこから『ジャッカルの日』に戻り、当時出版されている本はすべて読んだ。知らない世界を垣間見る楽しさとスリルが本当に面白かった。

この自伝を読んで一番感じるのは、フォーサイスの現場主義だ。彼の小説の基盤は、ジャーナリストとしての活動にあることがよくわかる。しかし、それ以上の面白いのは、生き方そのものだろう。

高校で優秀な成績をおさめてケンブリッジへの入学機会もあったのに「パイロットになりたい」ということで空軍に入る。ところが士官学校を出ていなければ、乗れる飛行機は限られるということで、新聞の世界に身を投じ、やがてロイターへ。

この時の東ドイツ滞在時のエピソードは、いろんな意味でニヤリとさせられる。その後転じたBBCで起きたこと、ナイジェリアのビアフラ戦争をめぐる記述は、自伝というよりも戦後史の貴重な記録にもなっている。

いや、これは自伝というよりフォーサイスの傑作小説の1つとも言っていいんじゃないか。

そして、もう一冊「意外と」といっては失礼だが、『蔡英文自伝:台湾初の女性総統が歩んだ道』もいろいろと発見があった。

彼女は研究者から、政府の外交交渉顧問となり、そこから政界へとキャリアを広げていく。ことに、若い頃の学びについては、いろいろと唸る部分が多い。

若い頃にしっかりと学んだ経験が、政治家としての芯の強さにつながっているのだろう。ただし、政界入り後の話は、日本の読者にとってはやや縁遠く感じられるかもしれない。

彼女の若い頃の話を読んでいて思い出したのは、一昨年の直木賞をとった東山彰良の『流』だ。時代は少々異なるが、あの破天荒な世界とは全く別の生き方があって、それはどの国でも当たり前かもしれないけど、いずれにしても台湾を取り巻く激動が違う角度から浮かび上がってくる。

ことに台湾を訪れたことがあれば、読んでいて「ああ、そうか」と思うことも多いだろう。

そういえば、フォーサイスは台湾を舞台にした小説はなかったように思う。あったら、きっと面白かったんだろうなあ。

【追記】『流』はkindleの価格設定が相当お得になっていた。最近は作品によってこうしたケースも多いようだ。