2017年02月アーカイブ

会社員が同僚とメシを食いながら、「仕事」の話をしたりするときには幾つかの階層のようなものがあると思っている。

1つめは、「職場の話」だ。その場にいる人が知っている人と、その振る舞いについてなので、新人からベテランまで中身は違ってもスケールとしては似たようなもの。これは、会社以外でも見られる。

2つめは「ビジネスの話」だ。90年代後半くらいに、「最近の会社員は“うちの課長は”という文句ではなく“うちの社長は”と言いたがる」と言っていた評論家がいたけれど、たしかにそうだろう。

職場の話から、階層が変わったのだ。それは、現在ではむしろ会社員同士の話題の定番かもしれない。

そして、3つ目は「経済の話」になるはずなのだけれど、ここになるといきなり怪しくなる。たとえば「黒田日銀の政策の是非」などを誰かがうっかり言い出したらどうなるか。先ほどまで、自社の社長をいろいろ言っていた人も、大概はいったん言葉に詰まるんじゃないだろうか。

「まあ、さすがに手詰まりなんじゃないの」

とか言うかもしれないけれど、そんなのは誰だってわかる。手札があれば、なんかもうちょっといろいろやるだろう。 >> タイトル通りの素晴らしい一冊「ビジネス現場で役立つ経済を見る眼」【書評】の続きを読む



日経流通新聞の「ヒット商品番付」というのがあり、毎年「残念賞」というのがある。昨年はSMAPで、その前は五輪エンブレムだったけど、今年は「プレミアムフライデー」になるのだろうか。

今さらだけど、この「プレミアムフライデー」はいま一つ筋がよくないと思う。「一斉に休む」という発想から抜けてないし、金曜日は普通に夜を楽しみたい人も多いのだから、17時に帰してもらえれば、つまりノー残業で十分だろう。

15時に終わっても遠出できるところは限られる。

しかも、次回は3月31日の年度末で、その次は4月28日の連休前。やっと5月末に思い出す頃にはどうなっているんだろう。

役所のつくる制度を、いちいち否定するつもりもないけれど、どうもこれはピンとこない。

休暇の取得が増えないのは、心理の問題だし、制度的には祝日の数も含めて限界だと思うんだ。

それは、「半端な承認欲求」が原因だと思う。

僕は会社員時代から、好きな時に休んでいたので、5月の連休やお盆で苦労したことはない。あまり人の目を気にしないで、休んでいたのだろう。そういえば、5月の連休明けから欧州に行ったこともある。 >> 働き方改革の壁は、「半端な承認欲求」じゃないかな。の続きを読む



パーヴォ・ヤルヴィがN響を振って、マーラーの「悲劇的」を演奏するという。しかも、NHKホールではない。でも、横浜で、平日だ。

迷うことなく行くことした。クルマで一人にコンサートに行くのは、あまりない経験だ。

演奏の組み立ては予想通りだった。

1楽章は、カチッとして引き締めた造形で、2楽章に持ってきたスケルツォと並んで、コントロールを優先した印象だ。アンダンテも過剰に耽溺する感じではない。

ヤルヴィは、N響の機能を活かしたうえで、フィナーレしかも最後の10分くらいでエネルギーを解放させるだろうと思っていたが、そういう狙いだったようだ。

長大なフィナーレで、2度のハンマーの後、再現部の前でコラールがある。ここのテンポはそれぞれなのだけれど、ヤルヴィは相当にたっぷりと歌わせていた。ここから最後までの爆発を狙ったのだろう。

しかし、その意図を表現しきれていたかというと、ちょっと難しいかなという印象だ。「悲劇的」はフィナーレのコーダに至る部分が、いい意味で「乱れる」ような仕掛けになっていると思う。

イメージで言うと、戦国武将の合戦でもう刀折れて矢は尽きて、髷はほどけてざんばら髪。馬はどこかへ行って、兜は飛んで、甲冑もズタズタ。そういう中での肉弾戦のような感じだ。

関ヶ原の戦い、午後3時の西軍という雰囲気だ。その勢いがあれば、少々のアンサンブルの乱れがあっても許されると思う。

ただ、この日はオーケストラが少々息切れしたのか、乱れ切るのを自制したのか。もちろん、全体的にはとても水準が高い演奏だったし、この後の欧州公演では、よりいい演奏をしてほしいと願う。

そして、ホルンはソロもアンサンブルも素晴らしい。コンサートマスターは、よく見るカワウソのような人で、さすがのリーダーシップだったしソロも精緻だった。

ただひとつ気になったのが、演奏後の団員のマナーだ。 >> ヤルヴィの「悲劇的」とN響のマナー。の続きを読む



コンビニに入ったら、猫と目があった。いかん、ananか。2/22の「猫の日」(って誰が決めたんだか)がも、いらぬ市民権を得て増殖している。

猫好きは、なぜか猫まみれになる。それを知っているからか、猫好きを狙って、さまざまな猫グッズが溢れる。特にミュージアムショップは鬼門だ。

ふと気が付くと、手持ちのクリアファイルは猫だらけだ。藤田嗣治に徳川美術館、もう一つは山種だろうか。

仕事別に「これは猫のファイル」というつもりで整理していたのに、気が付くと他の仕事の書類があったりする。これだけ猫のファイルがあれば、混乱するのも仕方ない。

折りたたんで持ち歩いているショッピングバッグは猫と音符と鍵盤がデザインされているけど、これは新国立劇場のロビーで買ってしまった。

なんで、オペラハウスに猫グッズがあるのかと思うが、東京文化でも浜松楽器博物館も猫グッズが多い。

美術館だけではなく、ホールも狙われている。猫好きの消費行動は読まれているのだ。 >> 猫好きは、なぜ猫まみれになるのか。の続きを読む



大学の入試が続いている。とあるサイトに出ているバナー広告で、僕の出身学部の合格発表が今日であることを知った。いまだに、受験番号は記憶している。

しかし、今だったらどんな学部を受けただろうか?

僕の卒業した学部は法学部政治学科で、法律関連の科目は「法学概論」だけが必修だった。法律の基礎知識については、ミステリー小説で知った。大岡昇平の「事件」というのが結構勉強になったという記憶があるけれど、いま奥付を調べると中学生の時に読んでいた。

政治学といっても結構幅が広くて、僕は「西洋外交史」を専攻したかったのだが、入学したら定年になっていた。なんで入学案内にわざわざ写真が載っていたのかと思うが、事前の下調べといってもその程度だったのだろう。

その後は、アフリカの地域研究に関心を持ったのだけれど1983年の総選挙の開票速報を見ているうちに気が変わった。選挙理論と予測モデルのゼミに行ったのだが、統計の基礎を学んだことはその後の仕事に大きく影響した。

では、いまだったらどんな学部を選ぶだろう。 >> いま文系学部を受けるなら「文学部」がいいと思うワケ。の続きを読む