タイトルには「皇室外交」と言う言葉が入っているけれど、そもそもこの言葉自体が宮内庁的には「非公認」らしい。皇室は、海外に訪問したり賓客を迎えたりするが、これはいわゆる「外交」とは異なるということなのだろう。
しかし、実質的に皇室が海外諸国との関係に及ぼしている役割は相当にあるはずで、本書ではその辺りの事情をていねいに書かれている。
著者の西川恵は新聞記者の外信部で長年勤められていた方だが、「エリゼ宮の食卓」という名著がある。これは、フランスがエリゼ宮で晩餐会をおこなう時のメニューを分析することで、時の外交姿勢を解き明かそうとしたユニークな本だった。
本書でも、その辺りの話から始まる。皇室主催の晩餐会がフランス料理で、ワインもフランスの最高級のものを供する理由などから始まるので、とっつきやすい。
そして、日本の皇室だけではなく、海外の首脳や王室のエピソードも豊富だ。
たとえば、ホワイトハウスの晩餐も以前はフランス料理だったが、現在は米国の郷土料理などを意識したメニューに変わったという。
それはクリントン政権の時のことだが、先導したのはヒラリー夫人だったようだ。この辺りにも、いろいろな意味で政治家らしさを感じる。
あるいは、フランスのオランド大統領の「パートナー」として来日した女性にたいする皇后の気遣いなども印象的だ。
また、若い時に昭和天皇や今上天皇が欧州で見聞を広めたことが、後に及ぼした影響も興味深い。一方でオランダや英国が、第二次世界大戦で日本の交戦国であり、その爪痕が近年まで残っていた中で皇室の果たした役割は、やはり「外交」なんだと思う。
そして、天皇の「慰霊の旅」を辿ることで、その心境を伺うことができるが、その時々の気持ちを詠まれた和歌が多く紹介されていることも、本書の面白いところだ。
西川氏は、ともすれば政治的に賛否のありそうなテーマでも、中立的・冷静的に書かれている。新聞記者出身の人は、こういう時に筆が走り過ぎてしまうことが多いけれど、そういう傾向がまったくない。
ちなみに、僕が驚き、心に残ったエピソードは今上天皇とフランスの元首相との会話だ。
90年代初頭に元首相が「日本は技術と経済で世界を席巻します」と言ったことに対して、こう答えたという。
「いや国の基本は地方の豊かさです。貴国は国の基本を備えておられる」
都市は、都市だけで成り立つわけではない。日本という国のあるべき姿について、その本質を突いた言葉だとおもう。