インサイトとハラスメントの狭間で揺れた資生堂のCM。
(2016年10月11日)

カテゴリ:広告など
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資生堂「インテグレート」のCMがオンエア中止になりました。若い女性をターゲットにした広告でしたが、CM内の言葉を「セクシャル・ハラスメント」と捉えた視聴者からの声に配慮したということです。

このようなケースは他にもいくつか見られました。たしかに「文句を言われる可能性」は感じます。ただし、ハラスメントとは決めつけられないとも思います。これは人によっても意見が分かれるし、私としても白黒ハッキリ論じにくいテーマだと考えてます。

資生堂は女性向け商品を中心に、長いこと多くの広告を制作してきました。今回の件も制作側に悪意はないと思いますが、なぜこうした問題が起きるのか?

それは、「インサイト」と「ハラスメント」という異なる視点からの発想が、ぶつかっていることが理由だと思います。

広告やマーケティングの現場ではインサイト(insight;洞察)という言葉を使います。ターゲットのなる人の心の奥底にある意識、つまり「その人になりきって考える」というような意味合いです。

今回のCMでも20代女性のインサイトを掘り下げようとしたと思います。

また一般的にはそのためのインタビュー調査などもおこなわれます。そういう意味で、この広告の制作者はインサイトをつかむための努力をしたと考えられます。

さて、それでは、ここで別の視点で考えてみましょう。

今回の広告ですが、こうした言葉が「独り言」だったら問題になったでしょうか?

CMでは25歳の誕生日に、友人から「女の子じゃない」と言われたり、上司から「顔に出ているうちは、プロじゃない」と言われます。

つまり、ターゲットとなる女性だけではなく、その周囲からの視線で言葉が発せられたために、それが「ハラスメント」と思われたのでしょう。

「インサイト」はきわめて内面的な心理です。一方で「ハラスメント」は、当然ながら特定対象への働きかけです。

では、「独り言」だったらこのCMは成立したでしょうか?

もちろん、成り立ちはすると思いますが、化粧品の広告としては弱いと思います。なぜなら、化粧をするという行為は「社会的な行為」であり、簡単にいえば「他者の視線」と無関係ではありえません。

インサイトを顕在化させるためには、こうしたストーリーになることは制作者にとって自然だったのでしょう。しかし、その結果として視聴者の中には、女性のインサイトよりも、他社からの「ハラスメント」に目が行ってしまう人が出てきたのでしょう。

多くの人が見るCMにおいては、これは避けられない問題だと思います。

表現の制約が増えることには疑問を持ちます。ただし、小説や映画と異なり。特定のマーケティング目的をもつ広告については、より厳しい視点が注がれることもあるでしょう。

企画段階で、社内において「多様な視点での検討プロセス」を設けるなどの方法を検討する段階になっているかもしれません。

少々窮屈かもしれませんが「抗議を受け手の撤回」の方が、当事者へのダメージと、表現全般への悪影響は強いと思いますから。