少女マンガ史の奇跡「少年の名はジルベール」
(2016年9月13日)

カテゴリ:読んでみた

71iy31yr2xl少女マンガをそんなに熱心に読んだ方ではないけれど、好きな作品はある。成田美名子の「エイリアン通り」「CIPHER」はちょうど大学生の頃だったけど、単行本を揃えていた。紡木たくも読んでいたけど、いま確認すると「ホットロード」は、もう社会人になっていたのか。

他にも「有閑倶楽部」や「スケバン刑事」とか、読んでいたけど共学高校の文化部だったので、周りから借りていたのだと思う。そして、江口寿史を貸していたりしたはずだ。

少女マンガにはその程度の関わりしかなくても、萩尾望都はどこか別格の感じがして、いまでも「ポーの一族」や「トーマの心臓」は文庫が手元にある。

ところが、竹宮恵子は「知っているけど」という感じで、きちんと読んでいなかった。ただ「風と木の詩」のインパクトは相当強かったことを覚えている。

kindle unlimitedの試用中だったこともあり、1巻を読んでみたけれど、相当な息苦しい緊張感がある。流行りものは手を出していたはずなのでけど、この作品は苦手だったのだろう。

でも、彼女のファンであれば「少年の名はジルベール」というタイトルだけで、思わず手に取るだろう。竹宮恵子の自伝だが、1970年代のマンガ界、というより時代を作った女性たちのとても大切な記録だ。

ちょうど自分が小学校入った頃に、筆者は20歳で東京に出てくる。だから、同じ空間にいるはずなのに、もう全く違う世界にいたのかという「同時代なのに同時代ではない」という不思議な感覚になってくる。

萩尾望都や、後の竹宮恵子のプロデューサーとなる増山法恵と一緒に生活した「大泉サロン」の世界は、もうそれだけで映画になりそうだ。そして、萩尾望都への複雑な気持ちもさることながら、そこでいろいろと悩んだことで竹宮恵子の「いま」があることが腑に落ちる。

京都精華大学でマンガを教えて、いまは同大の学長だけれど、必ずしも天才肌でなかったからこそ、そうした仕事で成果をあげているのではないだろうか。また、「風と木の詩」が連載されるまでの道のりの厳しさを知ると、あの作品の緊張感も理解できる。そして、この空間における出会いは、筆者も書く通りに、少女マンガ史の「奇跡」だったと感じる。

構成としては、前半が上京してからその大泉サロンでの暮らしが描かれ、後半は「風と木の詩」を認めてもらうまでの奮闘が描かれる。

そして、女性4人で行った欧州旅行の体験談が楽しい間奏曲のようで、時代の空気が手に取るように伝わってくる。

いまの日本の創作物にこれだけの影響を与えたマンガだけれど、手塚治虫やトキワ荘あたりが「正史」になっていた。しかし、これからはさらにいろいろな切り口の回想が出てきて、研究も進むだろう。以前紹介した小林まことの「青春少年マガジン」とも、一瞬だが交差するエピソードもある。

全体としては竹宮恵子の印象的記憶でまとめられていて、それはいいのだけれど、ちょっと小学館の校閲が甘いようなところもある。

欧州旅行の後で「成田に着いて」と書かれているが、この当時はまだ成田空港はないはずだ。このあたり、もしかしたら全体として、記録としては万全ではないかもしれない。

もちろん、この辺りは些末な話で、本当におもしろい一冊だった。