大統領選挙はメディア論ケースの宝庫。『中傷と陰謀』
(2016年9月12日)

カテゴリ:メディアとか,読んでみた
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41xkq19hr7lヒラリーの健康問題は、相当波紋を広げるかもしれない。11日の式典での途中退場は熱中症かもしれないけど、「肺炎だった」ということが後から出てくるのが、どうにもまずい。ただでさえ「嘘つき」のラベルがついて回るだけに、これは波紋を広げるだろう。

ただし、トランプも下手な攻撃をすると、また自爆するかもしれない。いずれにしても、史上稀に見る、というかついに米国大統領選挙もここまで来たかと、もう感慨深いくらいだ。

とはいえ、米国大統領選は、まさに「生きたケーススタディ」だ。政治学の選挙研究はもちろん、社会学的に切り口は多い。そして、メディアの仕事をしているものにとっては、貴重なケースの宝庫だ。

大統領選を扱った本は山ほどあるけれど、もしメディアやコミュニケーション、広告などの仕事をしているのならば、この「中傷と陰謀 アメリカ大統領選狂騒史」はぜひ読んでおくといいと思う。大統領選をキャンペーンの歴史から追っているのだけれど、それはまさにメディアの歴史そのものだし、もちろん「いま」を読み解くこともできる。

単に過去を書いているのではなく、理論的な背景も説明してあるので、「コミュニケーション論」の入門にもなり、米国の社会や政治も見えてくるのだ。

まず、冒頭の方で「コンサマトリー・コミュニケーション」と「インストゥルメンタル・コミュニケーション」の話が出てくる。それぞれ「自己目的的」「道具的」と訳されるが、これは現在のコミュニケーションのカギとなる考え方の1つだ。

前者は「姿勢そのもの」を示して、後者は「具体的な情報」を伝える。そして、レーガンが「私は元気だよ。アメリカもうまくいってるよ」という“挨拶”だけで、長期の支持を獲得してから、このスタイルが定着していることが明らかになる。

そして、懸命に語るメディア・エリートは支持を得られない……って、ほら最近どの国でも思い当たることでしょ?

そういう時代になって、もう軽く30年以上が経つのだ。そう考えると、広告などでも「コンサマトリー」の役割は大切になっている。もっとも、ブランドの姿勢や空気感を伝えることについては、日本の方がいろいろな手口を持っていたとも思う。

本書には「注射理論」「最小効果理論」などの話や、CPM(コスト・パー・ミル)などの説明もある。CPMについては1960年代のニューヨーク州知事を務めたロックフェラーの戦略にまで遡る。

そのノウハウを注入したメディアプランはよかったものの、肝心のクリエイティブがグダグダで……という辺りも面白い。

これから佳境を迎える大統領選の前に、一読するのに最適だろう。もっとも、今年の罵り合いは、とてもこうした分析の対象レベルに達するかが怪しいのだけれども。