新聞を巡る課題はとても幅広いテーマだが、人によって見方が全く異なる。
学生などを初め、30代くらいまでは読まない人が多い。一方で、重要な情報源として熱心に読んでいる人ももちろんいるし、「取材して伝える」という基本的機能の潜在力は相当高い。
そうしたリソースをどう活かすか?というのはマーケティング的にも興味ある課題だ。
そうした中で、気になる記事があった。掲載されているのは、読売オンラインの「ヨミドクター」というコーナー。医療関係の読み物が集まっているのだが、その中の「原隆也記者のてんかん記」という連載コラムだ。
この記者の方は転換を患っているのだが、その経緯やいまの状況、あるいは生活の様子や事件への思いなどを綴っている。おなじコーナーには、白血病の記者の闘病記もあって、つまり読売の記者が「個人体験」を記事にしているのだ。
記者による癌などの闘病記には前例もあったが、てんかんは珍しいのではないだろうか。ご本人も書かれているように、人に対して隠してしまうことの多い病でもある。そうした経緯も含めて、いろいろなことが書かれている。とても勇気がいることだし、筆者も会社もよく決断したなと思うが、読むたびにいろいろなことを考えさせられる。
強い主張は、ある意味簡単だ。しかし「考えさせる」記事は少ない。そして、それにこそ大切な価値がある。てんかんは、自動車事故の問題もあり大変にデリケートな面もある。患者が声をあげることも容易ではないし、代弁者も必要だろう。そうした中で、この取り組みは新聞ジャーナリズムの今後のあり方のヒントになると思う。 >> 読売オンラインの「てんかん記」に感じる新聞の可能性。の続きを読む