先日、このブログで橘玲の『「読まなくてもいい本」の読書案内』という書籍を紹介した。
「複雑系」「進化論」など5つの分野の読むべき本と、その研究の経緯を紹介した一冊だ。つかみとしてはいいんじゃないか、と思って紹介したのだが、その一方であまりにもザックリとしていることが後になって気になった。
それで、ふと思い立って『「知の技法」入門』を紐解いてみると、改めておもしろい。
一昨年秋の出版だが、東京大学教授(発刊当時)の小林康夫と、社会学者の大澤真幸の対談で、現代思想の潮流を俯瞰しつつ、考えること・学ぶことについての思索が収録されている。
言及されている本そのものは、先の橘氏の著作と被るところもある。ただし、それだけのことで、この2冊を比較することに違和感を感じる人もいるだろう。
しかし、橘氏の本と両方を読むことによって、いまの日本で「学ぶ」ということの難しさと面白さがわかるのではないだろうか。
ただ、このタイトルは少々誤解を招くかもしれない。『知の技法』という本は、東京大学教養学部の「基礎演習」テキストとして、1994年に刊行された。小林氏と船曳健夫氏が編者となって、大学1年生が対象である。
このシリーズはその後も続いたので、それらの本を読むための包括的入門書のように見えるが、そういうわけではない。あくまでも二人の対論で、「人文学のあり方」が通底した主題となっている。読書対象として想定しているのは大学生のようだが、むしろある程度の知識があった方がいいようにも感じる。
まず導入は『「人文書」入門』となっていて、推奨本のリストもある。それ自体は50冊もないがハードなものが多い。ただし、2人の読書体験が語られつつ、その本の位置づけが浮き彫りになってくる。単なる紹介ではないのだ。
次には実践的な「読み方」の話で、この辺は高校生くらいでも参考になるだろう。
ここまでが入門篇で、理論篇に入ると『誰にもわかる「実存主義・構造主義・ポスト構造主義」』となる。これが「誰にもわかる」かはともかく、俯瞰としてはスッキリと読める。全体を通して「人文学」というものが置かれている状況と危機感が、スッと本音で語られる辺りがとりわけ印象的だ。
小林氏は、アルゼンチンの通貨危機を「ショックだった」と語る。現在の資本主義の世界では「悪意も暴力的な権力の発動もない」にも関わらず、人々を時に死に追いやるような事態が起きる。そして、こう語る。
「こういう事態に対して、われわれ人文科学者は、人間の思考の実践者は、いったいなにをどう考えるべきか。価値、自由、時間、国家、それらのすべての複雑に絡み合った関係網がつくあげるわれわれの現実に対して、いったいなにをわれわれは守ろうとするべきなのか、それ僕の切迫した問い」としてあるわけなんです」
また、続いて語られる『自然科学と人文科学のインターフェイス』は、いわゆる「文系・理系」を巡る話だが、2人とも自然科学への造詣があり、明晰にかつわかりやすく話を進めていく。
この一冊には「人文学とは何か」という深い問いが満ちている。「読まなくてもいい本」が何なのかは、本書を読んでから考えたほうがいいのかもしれない。