ミュージカル・ノスタルジー『星逢一夜』
作・演出/上田久美子
バイレ・ロマンティコ
『La Esmeralda(ラ エスメラルダ)』
作・演出/齋藤 吉正
2015年9月16日 東京宝塚劇場
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芝居の終演後に、あちらこちらからすすり泣きが聞こえた。後ろの席の女性が「いい話だねぇ」と涙声になっていたのが、印象的だった。
小劇場で二作を書き、初めての大劇場に挑んだ上田久美子の作品を楽しみにしてきたのだけれど、期待以上だった。
僕は一作目は見ていないのだが、二作目の「翼ある人々」を見て驚いた。シューマンとブラームスを中心にしたストーリーだが、時代背景や音楽史を踏まえつつ、小難しくならずに引き込まれた。
今回の「星逢一夜」は、江戸時代の九州の「三日月藩」という架空の小藩を舞台にしている。殿様の次男坊は、百姓の子どもたちと幼馴染だが、やがて将軍吉宗に取りたてられ、老中にまで登る。ところが、改革は小国の百姓たちにとっては過酷なものとなり…というストーリの半ばでその後の見当は「ある程度」つくのだけれど、想定以上の展開で終わってみればいい余韻が残った。
前作と共通している上田作品の特徴は、登場人物の「美しい心」が、ある意味純粋すぎる上に起きる葛藤が底流にあり、観終わった時に残る独特の切なさだ。ところが、今回は一筋の希望を感じさせることで、作品の背骨が太くなったように思う。
登場人物は多くないし、場面も限られるのだけれど、ストーリーの背景には抗しきれないような時代の流れがあるし、天文の要素を取り入れている。そのため情に流されるだけではなく、理知的でスケール感のある作品になっていた。
今回は和物であったが、冷戦下欧州のスパイを主人公にしたような作品を書いたら面白いんじゃないかな、と勝手に思ったりもする。
演出はテンポがよく、密度が濃い。これは想像なんだけれど、演出家はコミックが結構好きなのかな?とも感じた。主人公が台詞を決めるシーンは「1ページ1コマ」のような静止感があり、場面転換のキレは紙のページをめくった時のような思い切りがある。
音楽の使い方も印象的で、冒頭ピアノソロから始まり、早霧せいの挨拶から展開していく流れなどは緊張感が持続していた。
しかし、近くの客がもらした「いい話だねぇ」という一言が、現在の宝塚における大切な価値なのだと思う。歴史ある劇団ほど、「団の活動を観る」ことを目的にしている人も多い。でも、キャストについての知識などがうすいビギナーにとって「いいストーリー」であることはとても大切だ。というか観劇の基本的な動機はそこにある。今後宝塚がファン層を広げていく上でも、上田久美子さんはキーパーソンになっていくのではないだろうか。