指揮: グスターボ・ドゥダメル
3月28日 18時 サントリーホール
マーラー:交響曲第6番 イ短調「悲劇的」
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マーラーの6番は、ベートーヴェンの「第九」に似たところがあるように思う。ということを言った人はいないと思うけど、僕にとってはそうなのだ。最初の三楽章が古典的に作られていて、終楽章が「破格」の構成になる。
その終楽章、特に最後の10分ほどで、それまでの積み重ねを台無しにするかのような、自己否定の音楽を表現できると、とんでもない演奏になることがある。
ただし、本質的には狂気の音楽ではないと思う。悲劇「的」という様式で書かれているが、決して絶望の音楽ではない。
そういう意味では、ドゥダメルの指揮は想像以上にマーラーのスコアをクッキリと浮き上がらせていて、余計なテンポの揺れはなく、無理なく無駄なく、すべての音がバランスよく響いてくる。
ロス・フィルは、弦は分厚く、管は華やかで、正直こんなに達者だとは思わなかった。いままで聞いた米国のオケの中でも、1,2を争うような印象だった。うまいというだけでなく、この長い曲をずっと「歌い続ける」実力があることに驚いた。
これだけのマーラーを、生演奏で聴けることはそうそうないと思う。
ただひとつ、自分にとって困ったのが、この曲を前回聴いたのが、アバドとルツェルン祝祭管弦楽団の来日公演だったことだった。 >> 桜の季節にドゥダメルとロス・フィルで聴く、隙のないマーラー。の続きを読む
ルミネが燃えた。というよりも、引火爆発という勢いだったのか、魔の金曜日。わずか三行のお詫び文とともに、その動画はもはや霧の中にあるけど、CM炎上史には名を刻むことになった。
炎の中では、みんなが結構いろんなことを叫んでいる。遠巻きにしながら、「何もそこまで」と感じていた人もいるようで、広告の仕事をしている人が指摘していたことが何点かあったように思う。
まず「あれはシリーズのようだから、すべて見なくちゃ真の意図はわからないのではないか?」という声。また、「否定的コメントがついたからバイアスがかかって広まったのでは?」という人もいた。
まあ、その気持ちはわかるけど、やっぱり「作り手の論理」だと思う。
で、この炎上爆発案件は、広告の世界の作り手と受け手の意識ギャップが相当広がっていることを示したんだと思っている。
一言でいうと、広告制作側の「現実への想像力」が足りなかったということだろう。この想像力は、クリエイターに求められる「アイデア力」とはまたちょっと異なる。フツーの人の行動を観察して、言葉に耳を傾けること。自分とは異なる他者の心を想像して、その人たちとアタマの中で対話を続けること。
どこまで、それが行われたんだろう?もちろん、今回の企画自体は相当考え抜かれたものだろう。何度も何度も議論して時間をかけて、作られたものだということはよくわかる。だからこそ、惜しいと思う。 >> 燃えたルミネCMと、想像力の罠。の続きを読む
「ていねいな暮らし」という言葉がいつ頃からチラホラと見られるようになったが、どこかとってつけたような表現で、その世界観には「本物の顔をした偽物」の空気を何となく感じていた。
ジェーン・スーの「ていねいな暮らしオブセッション」というコラムを読んで、「そうそう」と笑っていたのだが、ここに来て事態はややこしくなった。
どうやら、自分の生活は他者から見ると「ていねいな暮らし」らしいのだ。
きっかけは、妻が同年代数人と話していたことに遡る。自宅でお茶を淹れる時に急須を使っているといったら、他の人は誰一人急須でお茶を淹れてなかったそうな。ティーバッグ、ペットボトルか、粉末茶など。
結果、周りから「山本家は優雅」と認定されたらしい。そんなものなのか。
で、「実は自分たちは『ていねいな暮らし』なのか?」と、気になっていろいろ調べたのだが、以下のような行動が該当しそうなのだ。
・糠床を毎日かき回して、糠漬けを漬ける(担当は自分)
・万年筆で暑中見舞いなどを書く(これも自分)
・毎朝コーヒー豆を挽いてドリップする(妻が作って二人で飲む)
・梅干を漬ける(これは妻がやっている)
・玄米を食べる(白米と半々だけど大概そうしてる)
なんと、僕たちは「ていねいな暮らし」の人だったのではないかという疑惑は膨らむ一方である。 >> 「ていねいな暮らし」という、ていねいでない言葉。の続きを読む
今さらではあるけれど、服を買う時に店員が使う「きれい目」という言葉が気になっている。何がきれい目か?という前に日本語としての語感も引っかかる。
なんで引っかかるんだろう、と思ったが、まず「きれい目じゃない服ってなんだよ?」ということ。「早め」の反対が「遅め」なんだから、きれい目の反対は「汚い目」?とか思ってしまうが、そういうわけでもない。
で、気づいたんだけど「きれい目」であって「きれい」ではない。これは、「中央値よりややきれい」なニュアンスだと思うんだよね。
「強く」がフォルテなら、「強めに」がメゾフォルテ。だから、すごく頑張ってきれいなわけじゃない。
「きれい目」で画像検索かければ分かるわけで、まあ爽やかで、サッパリした感じの服がならんでいる。
そういうわけで、実際に店の人に聞いてみたりした。「きれい目って、どんなこと言うの?」って。ネットで調べてもよくわからんのだけど、実際にプロが語っているようなサイトもなかなかない。
いろいろ聞いてわかったのは、みんな何となく使っているけど、共通してるのは「きちんとしてる」というニュアンスだった。すくなくても「ラフではない」し、ダラダラし感じじゃない。
「職場にも着て行ってOK」という感じでもあるようだ。 >> 服を選ぶ時に聞く「きれい目」って何なのか?と、店の人に聞いてみたら。の続きを読む
ここしばらく家で仕事をしている日が多いので、昼や夕方は料理をつくったりしながらテレビを見ているんだけど、何が目立つってベネッセのCMが多いこと。この時間帯にテレビ見ている社会人は少ないのだろうけど、ホントに多い。子どもとその親は相当にCMのシャワーを浴びているんだろう。
ベネッセの個人情報流出が発覚したのが、昨年の7月。11月頃から「人は一生育つ」というメッセージの企業広告をスタートさせた。
ただ、この表現はちょっと「高いところ」からの物言いでもある。あの事件から間もないこともあって、「ほほう、では御社はどう成長されるのですか」と突っ込んでみたくなるような感じもしたんだけど。
で、ここに来ていろいろと出てきた。
コンビニでプリペイドカードを販売して、誰でもすぐに参加できる「BenePa」は顧客情報の登録なしというまったく新しいシステムで話題になった。
で、ここに来て進研ゼミのデジサプリというCMがガンガン増えてきた。これはipad対応のようなんだけど、一方でチャレンジパッドという専用タブレットの無料キャンペーンもある。一方で、少し前から本田圭祐も登場している。
後から後から、どんどん手を打っているのはわかるんだけど、全体としてどこに行くのか?というのがいま一つわからないなあ、と思いつつ、この感じ何かに似てるなあ、とずっと気になっていた。
で、ふと思ったんだけど、どこかマクドナルドとかのファストフードに似ていないか? >> ベネッセの戦略は「ファスト教育」なんだろうか?の続きを読む