auが年明けから、太郎尽くしだ。桃太郎、浦島太郎、金太郎が登場している。どこかに既視感があるなと思ったけど、桃太郎は昨年PEPSIで、浦島太郎は住友生命でそれぞれ出演実績がある。
で、気になるのは、なぜにこの太郎たち、というか昔話が結構CMに出てくるんだろうか?と。
彼らは現実の人たちではない。まあ、そういうCMはたくさんあるんだけれど、広告の役割は徹底して現実に関与することだ。CMがフィクションだろうと、「購買」という現実の行動のために、それは制作される。
だったら、起きうる現実をそのまま描くという発想も当然あるわけで、グーグルのAndroidやフェイスブックは、そうやってCMを作っている。そのあたりのことは、昨年こちらに「笑顔のコラージュ」と評して書いた。
でも、あのような無邪気な描写は、本当に受けいれられるのか。広告は「これはあなたのための情報だよ」と発信する。そして、世の中の多くが憧れる世界があれば、かつての成長期の日本なら「丘の上の白い家」でよかったかもしれない。
でも、それは難しい。「いかにもありそうな家庭」を描きたいなら、そこに「揺らぎ」を与える必要がある。言ってみれば「リアリティの揺らぎ」だ。
その手法で成功したのが、ソフトバンクだと思う。ごくごく普通の家庭でありながら、「お父さんが犬」という一点で、リアリティは揺らぐ。 >> なぜ最近のCMには、桃太郎とか昔話が出てくるのだろう?の続きを読む