レ・ミゼラブルな毎日新聞。
(2013年1月31日)

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話題の映画「レ・ミゼラブル」の特集が毎日新聞のウェブに載っていた。こちらの記事だ。で、僕も見たので読んだのだけれど、何だか哀しくなってしまった。
隙のない脚本、美しく逞しいメロディー、卓越した歌唱と、斬新なカメラワーク。上映後には、久しぶりに魂を抜かれた気分になった。ただし、新聞社というのは、それだけでは納得できないらしい。
このヒットの背景には「格差社会」があり、「東日本大震災」の影響があるそうなのだ。そして、識者の分析、という名の感想文が並んでいる。
香山リカさんとか、すっかりネタを提供する不思議な方になっている。あの映画の怒涛の波の中で「アベノミクス」に思いを馳せる人がいるんだろうか。
まあ、この「特集」を読むと、ホント新聞のこれからはますます厳しいな、と思う。結局ヒットしたコンテンツの背景を、どうしても「社会状況の反映」にしないと気が済まない。そういう分析をすることが自分たちの役目だと思っているのだろう。
それこそが、新聞離れの最大の原因だというのに。


ネットをのぞけば、SNSなどで多くの人がこの映画について語っている。そこでは、遥かに深く多様で、さまざまな声が飛び交っている。ああ、なるほどと思うことも多い。
一方で記事の最後にはこうある。
「泣けたから良かった」だけではもったいない。
別にいいんじゃないのかな。この一文を読むと、何か、最高の素材に余計なソースをかける「創作料理屋のコック」という感じがする。
ちなみに韓国では日本を大きく上回るペースの動員のようで、こちらの日経ビジネスオンラインの記事にその背景が書かれている。こちらも社会状況の反映だというが、実際にネット上の声などを分析していて遥かに説得力がある。
本文中にもあるが、日本語で「ああ無情」と訳されたこの原題の意味は「みじめな人々」である。日本の新聞がミゼラブルにならなければいいのだが。