僕の最終面接の記憶。
(2012年2月9日)

カテゴリ:キャリアのことも
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就活が始まる頃になると学生から決まって聞かれることがある。
「どうして、広告業界を志望したんですか?」
「自己PRとか志望理由はどんなふうに書いたんですか?」
聞きたくなる気持ちはよく分かるのだけれど、うまく答えてこなかった。半分はホントに忘れているのだが、もう半分は何となく照れくさいのでちゃんと思い出そうとしなかったのだ。だって、何か恥ずかしいじゃない。もはや四半世紀前のことなのに。
ただ、あまりにも聞かれたり、今年は学生相手に少人数クラスを持っていろいろ相談も受けたので真剣に真剣に考えたら、最終面接のことを思い起こした。
就活時に僕の話の構成は二本柱があった。一つは高校から続けていたオーケストラの話で、これは「チームプレイ」への話へつなげる。もう一つは大学の研究室の話で、選挙分析で統計などもいじっていたのでこれを「マーケティング」につなげる。あとは、自分の「人となり」として、まあ読書好きだったりしたことを話してきた。
ところが最終面接で、このパターンで行き詰ってしまった。
明らかに面接の雰囲気が滞って、前にいる面接官(おそらく役員クラス)がつまらなそうにし始めたのである。
(しまった……)
と思った時に、一人が尋ねてきた。


「子どもの頃は、どんな子だったの?」
実はこの質問は全く予期していたなかったのだけれど、咄嗟に話したのは小学校5年の夏休みの自由研究の話だった。そもそも夏休みの宿題が自由研究しかない学校だったのだ。
そして、その夏は米国でウォータゲート事件という騒ぎがあり、時の大統領だったリチャード・ニクソンが辞任する騒ぎになったのだが、僕はそれに関する新聞記事をスクラップして、適当なコメントを書いて自由研究とした。
「小学校5年の時に、ウォーターゲート事件があったので切り抜きをして……」
そんなことを話した途端に、面接官が一斉に顔を上げた。で、この瞬間に「あ、決まったかな」と思った。その感覚は今でも鮮明にに残っている。僕はもともと、報道系の仕事に就きたいと思っていて、途中で広告第一志望に変わったのだ。そんなことも、ついでに話せたと思う。いずれにせよあの質問が転換点だった。
「自分が何者か」を考えるのに、幼少時代のことを確認することは悪くはない。ただし、そこにだけ頼っていると「大学では何やってたのか」という話になる。要はバランスなのだろうけれど、「そもそもの自分」というのは確認した方がいいし、別に就活だけじゃなくて、大人になってからも節目節目で大切なことだと思う。
しかし、あの時に変なこと言わないでよかった。「幼稚園が嫌いで友達もできないので、病気のせいにして3分の1も行ってませんでした(←事実)」とか話したら、どうだったんだろう。なんだか不思議な感じだ。