脱稿して、やっと普通の日になってきた。
朝、フィットネスクラブによってから妹の家まで自転車で行く。姪が小学校に入ったのでお祝いを届けようと思った。まだまだきれいな桜並木の途中でケーキ屋で土産を買う。この時期だけのSAKURAというムースを買ってみる。
昼を食べたあと、最近できた製麺所を覗いてみる。浅見製麺所という、本当に製麺所で打ちたての蕎麦とうどんを売っている。先日、初めて通った時は日持ちの関係でうどんを買った。今日は蕎麦は細い普通のが売り切れで、田舎そばを買う。食べ方は、暖かいつゆで「けんちん」などを勧められる。
じゃあ、今日の夕食は自分で作ろうかと思い、帰宅後冷蔵庫を見る。ジャガイモ、タマネギ、キャベツなど。僕はだいたい、あるものを組み合わせて魚くらいを買い足す。いろいろと考えて、まずジャガイモはマッシュに。そば用の出し汁を加えて、買い足した生のグリーンピースを湯がいて、一緒にあえる。これで一品。
キャベツはさっと茹でて、オニオンスライスとあわせようと思ったのだけど、この玉ねぎいくらさらしてもツンとした感じが抜けない。新玉ねぎ買ってくればよかったなと思いつつ、玉ねぎもさっと湯がいて、レモンと塩コショウで味をつけて出来上がり。
これに魚は、鱒の塩焼き。子柱とつまみにして酒は「霧筑波」のうすにごり初搾り。
そうそう。これが普通の日だったのだ。
池田紀行さんより「キズナのマーケティング」を献本いただいた。 ソーシャルメディアマーケティングの思考と実践がバランスよくまとまっている。「今」を切り売りする本が多い中で、「過去と今と未来」へのラインが描かれている。そんな印象をもった。 個人的に一番気になったのは、最後のところだ。「これから、真の人間マーケティングが始まる」ということに尽きる。 別に今までは「非人間マーケティング」だったというわけではない。しかし、この15年ほどはテクノロジーの波の中で、マーケティングに関わる人がいろんなことを見失っていたと思う。自分自身を振り返ってもそうだ。 少し長い眼で見てみよう。1980年代から、広告表現はある意味の「全盛期」を迎えた。表現自体が一人歩きして、アートとしてもてはやされた。この時代をメディアとの関連で見ると興味深いことがわかる。 75年ににカラーテレビの普及率がほぼ90%を越えて、80年までにほぼ100%に達する。そして、テレビと新聞の広告費が逆転したのが76年。それ以降、テレビと新聞の広告費の比率は35:30くらいで安定する。 テレビがメディアの王者として磐石になり、新聞も一定の影響力を保つ。表現のインフラが安定したことは、二重の意味でクリエイティブの隆盛に影響した。1つはクリエイターが、表現自体に専念できること。もう1つは広告代理店の経営が安定して、コミッションの収益により、クリエイティブの収益性を補完できたことだ。 この安定は90年前後に大画面テレビが登場(”画王”とか覚えてますか?)することで隆盛を迎える。 やがてバブルの崩壊とともに、メディアの変革が起きる。1995年はマイクロソフトの新OSとインターネットがインパクトをもたらした。新世紀に入る頃にブロードバンドや携帯からのネット接続の時代になった。 このように振り返り80年から「メッセージの15年」「メディアの15年」を経て、「次の15年」の境界線に立っているのかな?と考えると「真の人間マーケティングが始まる」というのは納得感が高いのである。 ことさらメッセージとメディアを分けることは、違和感もあるだろうけど敢えてこう書いた。実際にマーケティングや広告関係者の関心には偏在があったと思うし、そもそも広告代理店の組織が分化を放置していたところもある。 あとは、人の問題だ。自分の領域を固定しないで飛び出て行く人どうしが、何かを生む。まずは自分自身という人間を「拡張」しなくてはいけないのだろう。 池田さんの本には、そのヒントがたくさん詰まっている。
昇太を聞いた。本多劇場6日の夜の「ムードデラックス」は、遊雀の達者な「粗忽長屋」に続いて、「天狗裁き」、自作の「花粉寿司」中入りを挟んで「花見の仇討ち」。 「天狗裁き」は15年以上前に名古屋で米朝の名人芸に接した記憶がある。久しぶりだが楽しめた。「花粉寿司」はひたすら笑える怪作で、結果的には「花見の仇討ち」がバランスよく収まったという感じだろうか。 それにしても寒い。昼は自宅で1人だったのでそばを茹でた。妻がかえしを作っていたので、だしをとってつゆを温める。冷蔵庫にあったエリンギと油揚げ、ねぎを刻んで、最後に岩海苔で仕上げ。 常備菜のひじきなどもあり、1人穏やかな昼食。 きづいたんだけどキューピー3分クッキングって、ちょうど昼食の支度しながら見ることになるんだな。主婦にとっては「夜はどうしようか」となっているわけで、たしかによくできた時間帯なんだ、と今日自分で作っていて改めて思った。
会社にいた頃「これからは”デジタル”と”グローバル”だ」と方針で言われたのは95年頃だった。「サービスのフィーで稼ぐ」と言われたのは入社直後なので、さらにその10年前になる。
これはどの広告代理店も似たようなものだと思うのだろうけど、一体、あの号令は何だったのだろうかという気がする。
紺屋の白袴、という言葉がある。紺屋、というのは染物屋のことなんだけど、それなのに自分の袴は白。プロは人の面倒は見るけど、自分のことには気が回らず。医者の不養生、と似たようなものか。
広告代理店もそういうところがあって、よそ様の会社に言っては「ビジョンを作りましょう」とか「経営理念を」とか能書きを垂れるのだけど、自社のことになると結構ウニャウニャである。
もちろん、それらしきものはあるんだけど、それはビジョンというより「キーワード」に過ぎないことが多い。
ビジョンと、キーワード。これは全然違う。
ビジョンは、見通し。さあここを目指すぞ、という具体性がある。そこに向かってメンバーが動いていく。
キーワードというのは、文章を読むときの「手がかりになる言葉」だ。もう少し広い意味で使うと、「世の中の動きを読むとき」の手がかりになる言葉。
しかしキーワードは、あくまでも「手がかり」でしかない。
それなのに、経営者がとりあえず「キーワード」だけを投げるというのは、リーダーとしては何も言っていないのだから、「後はみんなで考えてね」と言っているに過ぎないわけで。
デジタルもグローバルも、フィーもソリューションも、考えてみればすべては「キーワード」だ。手がかりに過ぎない。
しかも、その手がかりは誰でも知っている。
別に広告の世界に限らない。リーダーが、ビジョンを語っているようで、実は「キーワード」しか語っていないような企業はたくさんある。これは船でいえば、ジワジワ浸水が始まっている状態だ。乗組員の方は気をつけた方がいい。
「では、まずセグメントについてお話します。年代としては40代前半、いわゆる “アラフォー世代”。バブルの時代に青春を過ごし、消費意欲は旺盛。いつまでも、今の若さを保ちたいと考え……」
「(……それ、オリエンで言ったままじゃないか……)」
「次にポジショニングです、これは普通の化粧品と異なり”内的な美容”という側面があります。そして、今の肌をさらに元気にするということです。つまり”IN&ON”というポジショニングをとり…」
「(……ていうか、それネーミングじゃない、まんま…)」
「というわけで、クリエイティブです。起用タレントはずばりこの世代に合わせて……」
「(……さてさて、誰を出してくるのかな)」
「まず、伊藤つかさ」
「(ん……懐かしいな。そうかまだ現役か)」
「そして、薬丸秀美」
「(なるほど、そうかヤックンと結婚したんだったな)」
「さらに、荻野目洋子」
「(おおそう来たか。六本木純情派!)」
「そして、河合その子!」
「(来た~!12番!)」
「というわけで、いかがでしょうか」
「いいですね~!それにしても懐かしい」
「でしょ、ありましたよね雑誌とかも!」
「GOROとか」
「BUMB!」
「DUNK!」
「デラべっぴん!」
「……??ち、ちが~う!!」
なんてことはあるわけないか。