近所を散歩していたら、ある家の軒先から夫婦の会話が聞こえた。
「誰が、そんなこと言った?」
「だって、テレビで言っていたもの」
突っかかった夫はそこで沈黙したらしい。前後のことはわからないのだけれど、こういことはよくある。特に一定以上の歳の人は、メディアの情報を鵜呑みにする。
実際にはメディアの情報はすべてが本当とは思えない。別に意図的な嘘でなくても、「嘘」としか言いようのない情報は巷にあふれていて、それはマスメディアでもインターネットでも同様だろう。
で、どんな時にどんな「嘘」が生じるのだろうか。
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1.過剰期待で生じる嘘
「料理番組のレシピが今ひとつおいしくない」とか「芸能人の喜んでいた宿がたいしたことない」「褒められている映画がクソだった」というようなもので、これはメディアのコンテンツや登場人物に対する過剰期待から生じるパターン。まあ、よほどのバカでなければ段々と学習して、信頼できる情報ソースを探すはずだ。
2.予測で生じる嘘
これはスポーツの順位予想から、経済政策論議までいろんなところで出てくる。つまり「予測」というのは複数あれば誰かのものが外れるのだから、ある意味宿命的なもの。ただ、「岡ちゃんごめん(#okachan_sorry)」が生まれるネットに比べて、マスメディアにはかなりのトホホ感が残る。
3.ミクロな嘘
これは、民放からNHK、そして新聞までマスコミに多いけれど、タチが悪い。なぜかというと「報道」という体裁をとっているからだ。「就職難で苦労する若
者」を一人二人取り上げて、「ああ大変かわいそう」と大騒ぎするようなのが典型。とにかくマスメディアはマクロデータをきちんとみない。数字の苦手な人が
多いのか、根本的にアタマが悪いのか。
こうしたことについては、ネット上の議論のほうが遥かに優れている。
かつてNHKの海老沢会長は「ニュースにおいて恣意的に街頭の声」を拾うことをやめるように指示した。現場では悪評だったようだけれど、これについては海老沢氏が正しいと思う。
4.拒絶で生じる嘘
最初っから「嘘つけ~」というモードだと、人々は情報を「嘘」だとみなす。先般の選挙前にほとんどの新聞社説が消費税増税を基本的には支持したが、民主党
は負けた。気にいらない言説は、「嘘つけ~」と読まれるのだ。もっとも、10%増税の自民党の議席増を考えると「有権者はマニフェストも社説も読んでな
い」ということなのかもしれないけれど。
5.ホラ
政治家がテレビで話したことは、ほとんど実現されない。メディアの「嘘」の中でも、これは別格だ。というか、これはメディアの問題ではないかもしれない。
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つまり、メディアと付き合うということは、嘘と戯れることなのだ。