軽井沢の民泊規制は、妙手か悪手か?
(2018年5月7日)

カテゴリ:マーケティング

この連休の始まった頃、長野県では民泊についての報道が注目されていた。全国ニュースでは、かのメンバーの帰趨でそれどころじゃないのかもしれないけれど、この話は日本全国のすべての地域に影響してくる話だと思う。

民泊の全面規制を求めていた軽井沢町に大して、長野県は一定の条件ながら要求を認めたのだ。簡単に言うと

◆ すべてのエリアが行楽期間(5月および7~9月)は全町で規制

◆ 他の期間でも9割がたのエリアでは月曜から金曜まで規制

当初要求していた「全面規制」ではないものの、軽井沢としては受け入れるようだけど、それはそうだろう。実質的には「行楽期の4カ月以外の土日」しか、民泊は困難とになるからだ。

さて、この軽井沢町の方針は妙手なのか、悪手なのか?

町の成り立ちや現況を考えると、現時点で全面解禁はたしかに難しいかもしれない。ただし、将来にわたって規制を続けるとかえって衰退につながると思っている。段階的にオープンにしていくビジョンが軽井沢には必要ではないか。

最大の問題は、来訪者の高齢化だ。ピーク時のアウトレットなどを見れば、幅広い客層がいるように見えるかもしれないが、全体として高齢化していてることは町の人が一番感じているだろう。

地元の人と話すと、立派な別荘がジワジワと空き家化していることを心配している人も多い。ここ最近の観光客の増加は、訪日外国人の影響が大きいが、若い日本人にとって「軽井沢」は、もはやそれほど引力のある観光地ではないと思う。

前世紀までは、学校や会社の保養施設も多く、子どもの頃に軽井沢体験をする機会もあった。ただ、そうした施設が減少する一方で、休日の選択肢は山ほどある。LCCはあちこちに飛んでるし、都内で遊ぶ場所も山ほどある。

しかも、最近の夏は軽井沢でも結構暑い。今は混雑しているから「行楽シーズはこれ以上結構」という感じなのかもしれないが、「民泊もないし、高いだけのエリア」になった時に本当に競争力があるのかは疑問だ。
敷居を高くしたところで、跨いだ先に魅力がなければ、それは悪手だと思う。

軽井沢は、1990年代以降も幸運に恵まれていた。バブル崩壊で筋の悪い「紳士」はいなくなり、長野オリンピックで新幹線も高速道路もできた。2000年以降に西武グループが不祥事であんなことになり、苦肉の策で拡張したアウトレットは新たな集客の目玉となった。

ただし、買い物客は日帰りが多く、アウトレットから外へは出ない人も多いだろう。駅から離れた「旧軽井沢」のエリアは、日が暮れると真っ暗になるほど静かだ。

「静穏な環境」を守るというけれど、このままだと単なる「静かな町」だ。でも、地元の人は意外にその差をわかっていないのかもしれない。

たしかに、いきなり民泊を全面的に認めれば相当の混乱があるだろう。しかし、肝要なのは「蛇口の開け方」だ。状況を見ながら上手に開けていかないと、「こんなはずでは」ということになりかねない。

かつては、多くの西洋人を受け入れることで、いまのブランドを築いた町である。きっと、柔軟でしたたかな「次の一手」を考えていると思うのだが。

※ちなみに軽井沢を舞台にした小説で一番印象的なのが、宮本輝の『避暑地の猫』かな。読んだ頃はまだ猫を飼っていなかったけど、いま読んだらどう感じるんだろう。