選手としては超一流で監督としての実績もある。ただし、振る舞いや言動には癖もあるので嫌う人もいるようだ。ところが、彼の悪口を言うと、言っている方が「アタマの悪い人」に見えるように思う。
とにかく、彼は自分で考え抜く。「考える」のではなく、「考え抜く」のだ。その思考がよくわかるのが、この「落合博満アドバイスという一冊で、これは野球の本というよりも「思考法」を学ぶ一冊ともいえるんじゃないだろうか。
既に多くの著作があり世評も高いが、この本は社会人野球の指導者を念頭に置いている。そのため、人材育成という面から読むと「ああ、なるほど」と納得することがあるわけだ。
落合という人は、基本的には合理主義者だ。この本にもあるが、高校の野球部を7回退部したというくらい理不尽なタテ社会を嫌う。また、トレーニングにおいても意味のない根性論を否定する。
ノックにしても「左右に振り回す」のはただのしごきであり、まず正面で捕球させることで正しい守備を知ることにつながるという。
ただし、この本を読むと「気持ち」の部分の大切さも強調していて、「合理的精神論者」とでもいうようなイメージを受けた。で、こうした「合理的精神論」というのは、ビジネスの世界でも大切じゃないかと思ったりもする。
そこで気になったのは「イップス(Yips)」についての話だ。
イップスという言葉は、ゴルフから始まったが、最近では野球でもよく聞くし、スポーツ全般でいわれるようだ。何らかの精神的な理由で、体のコントロールができなくなる現象だ。
これについて、落合は「毎日のように打撃投手をしたり、十分に時間をかけてペッパー(トスバッティング)に取り組んだりしなくなったこと」を一因としてあげている。マシンに頼るのではなく、野手が打撃投手をする。ノックもコーチに任せるのではなく、選手同士でおこなう。
こうした日常的な動きで、常に体を野球に馴染ませていくことが大切だと説く。
そして、「『こういう練習をやらなければ意味がない』という固定観念に支配されてきた若い選手が、ある時に『制御不能』になる」という。
この視点は、ビジネスの現場感覚にも通じるものがある。
というのも、若いビジネスパーソンがメンタルの問題を抱える時の構造とよく似ているからだ。
ビジネスの現場で精神的に追い詰められるのは、「仕事が多い」「仕事が難しい」という理由だけで起きるとは思わない。原因を見ていくと「自分」と「仕事」の関係性がこじれていることが多い。
そして、「学んだスキルが活かせない」という時に、精神的に苦しむケースがとても多い。たしかに、いまの若いビジネスパーソンはよく勉強するが、その一方で職場において「仕事に馴染ませていく」土壌づくりができてない。
というか、土を耕すことが面倒になっていきなり舗装してような職場になっていることが多くて、これは組織の側に責任がある。「最近の若手はメンタルが弱い」と彼らのせいにするのは、間違っているのではないか。
そんなことをあれこれと考えさせてくれるほど、落合博満の考察は深い。そして、単純な断言はなく、すべて理由を丁寧に語る。
「自分で考える」ということの本質がよくわかる一冊だと思う。