やっぱり『謎解き』とくれば早川書房なのだ。
(2017年10月11日)

カテゴリ:読んでみた

今年のノーベル賞は個人的に、ちょっと嬉しい。

それは、早川書房が潤うのではないかという期待からだ。カズオ・イシグロが好きであるとかそういうわけではない。ミステリ好きとして、早川が潤うのはありがたいのだ。

既に相当の話題になった文学賞だが、ふと気がつくと翌朝には「日本生まれで3人目の受賞」という見出しのメディアもあった。なんだ、これは。琴奨菊が優勝した時もそんなことがあったと思うんだけど、よく覚えてない。

まあそれはともかく、カズオ・イシグロ氏の作品はことごとく早川だ。そりゃ売れるだろう。

で、そういえば最近、早川はビジネスでもいい本を出しているんだよな、という話をしていたら、ノーベル経済学賞はリチャード・セイラー氏に決まる。『行動経済学の逆襲』も早川だ。心理学者でノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カールマンの『ファスト&スロー』はマーケティングを生業とする者にとっては必読書のようになっているけど、こちらおなじく早川書房で文庫になっている。

そして、僕は気づいてなかったのだけれど、『重力波は歌う』という本も物理学賞の受賞者に取材した本だという。

早川の主力は、翻訳物のミステリとSFだ。東京創元社と並んで、好きな人にとってはとてもありがたい出版社である。

しかし、小説を取り巻く状況は厳しい。人口構成を見ても、もはや「日本語市場」が成立するか?というとこれはどんどん難しくなるだろう。日本人が日本語の訳で、世界中の本をそれなりに読めていたのは「人口ボーナス」があったからだ。
日本語は日本人以外は殆ど使わないので、どう考えても今後は大変だ。というか、既に海外で話題になった本の訳が、結構遅くなるケースが出ている。これは、文学でもビジネスでも学術でも、ジワジワと来ているのだ。
まして、ミステリというのはマニアックな世界だ。話題になって売れるのは、日本の有名な作家で、たとえば東のほうの人とか、北の街に住んでる人とか、最近はもっぱら江戸で暮らしてる女性とか、まあそれはそれでいいんだけど、やっぱり翻訳の小説はおもしろいわけなのだ、好きなものにとっては。
だから、余計なお世話かもしれないけど、今回の「特需」できっちり上げた収益はそれこそ内部留保じゃなくて、新作の翻訳に向けてくれるといいな。

と、勝手に妄想したりするわけである。
しかし、早川は行動経済の書物はことごとくおさえているようで、これは相当の目利きが編集部にいるのだろう。このカテゴリーは、ちょっと雑な言い方ではあるが、経済学のマーケティングを結ぶ大切な手掛かりを与えてくれるし、そもそも読み解いていくプロセス自体がおもしろい。

ああ、そうか。ここで、ようやくわかった。
ミステリも、行動経済学も「人の謎」を解くという意味では、共通点がある。『ファスト&スロー』なんか、「おお、なるほど」の連続で、まさに名探偵の語りを聞いているようだ。
そういうわけで、ミステリに関心がない人にも読んでもらえればと、早川の本をご紹介。
1つは、デンマークの警察小説『特捜部Q』のシリーズ。主人公の屈折と重みのある事件、そしてちょっとコミカルなアクセントもあって、シリーズを重ねている。
そして、3年前に話題になった『ありふれた祈り』。これは、ミステリというカテゴリーを超えた、というかそういう分類が無意味だと感じるほどの静かな感動がある。
早川はポケット・ミステリという洒落た装丁のシリーズもあるが、電子書籍にも積極的だ。僕のように、本棚のためにトランクルームを借りている者にとっては、その辺りも嬉しい。

というわけで、これからもおもしろい作品が紹介されるといいなあ。