会社員が同僚とメシを食いながら、「仕事」の話をしたりするときには幾つかの階層のようなものがあると思っている。
1つめは、「職場の話」だ。その場にいる人が知っている人と、その振る舞いについてなので、新人からベテランまで中身は違ってもスケールとしては似たようなもの。これは、会社以外でも見られる。
2つめは「ビジネスの話」だ。90年代後半くらいに、「最近の会社員は“うちの課長は”という文句ではなく“うちの社長は”と言いたがる」と言っていた評論家がいたけれど、たしかにそうだろう。
職場の話から、階層が変わったのだ。それは、現在ではむしろ会社員同士の話題の定番かもしれない。
そして、3つ目は「経済の話」になるはずなのだけれど、ここになるといきなり怪しくなる。たとえば「黒田日銀の政策の是非」などを誰かがうっかり言い出したらどうなるか。先ほどまで、自社の社長をいろいろ言っていた人も、大概はいったん言葉に詰まるんじゃないだろうか。
「まあ、さすがに手詰まりなんじゃないの」
とか言うかもしれないけれど、そんなのは誰だってわかる。手札があれば、なんかもうちょっといろいろやるだろう。
そして、マクロ経済については、なんとなくわかっていながら、みんな勝手に行動している。わからないふりをしている人も、為替だけはやたらと関心を持っていたりするが、それは単にFXにはまっているということもある。
つまり、マクロ経済の話をしようとすると、次のような状態になっていることがわかる。
1.そもそも体系的に学んでいる人が少ないし、有名大学の経済学を出ている人でも、勉強しているとは限らない。しかも、時代によって変化している。
2.その割に自己流の知識で投資などを行っている人は結構いる。個別企業の「経営」よりも、マクロの「経済」の動きをみてカネを動かしているのだろう。
3.メディアに溢れている情報が危うい。年寄りの評論家は「成長しなくてもいい」とか好きなことを言うし、他方ではいくら国の借金が増えても「日本大丈夫教」のような信仰も根強い。
この「ビジネス現場で役立つ経済を見る眼」はまさに、タイトル通りのいい本だと思う。つまり、「個々のビジネスについてはちゃんとできてるけれど、マクロがなんだか怪しいんだよな」という人にとっては、一読しておくといいのではないか。日銀の政策についても、もう少し何か言えるかもしれないし、「アホノミクス」とか言うよりも数段ましなことがいえるようになるだろう。
この本は、論理的でニュートラルで、かつ分かりやすく「経済とビジネス」のブリッジに気を遣って書かれている。また「なぜ日本の自動車産業はトップクラスなのに、金融はそうなれないのか」のような問いにも、自身の言葉で平易に論じている。そして研究者が書いている本だけれど、言葉の端々にパッションが感じられる。
そういえば、かつてソ連末期に言われたジョークを思い出す。
「ゴルバチョフ大統領に経済顧問が100人。そのうち1人が正しいが、それが誰だかわからない。」
それは、いまのどの国でもおなじかもしれない。でも勉強はした方がいいと思うのだ。