いい時計を手に入れるなら若いうちがいいと思う。
(2016年11月2日)

カテゴリ:雑記

watchあまり高い時計には興味がない。ずっと使っていたのは、大学入学祝いとして祖父に買ってもらったセイコーのクオーツだ。バンドだけを替えて、ずっと使っていた。

薄くて、ちょっと縦長のプロポーションだ。いまは、こういう形のものはあまり見ない。

その頃から、同じようなモノを選びたがらなかった性格で、とにかく「丸くない」デザインのものが欲しかった。

そして、会社を辞めてからも使っていたのだが、ある日気づかない間に電池が切れていた。朝の10時に出るつもりが、まだ9時半なので「なんかおかしいな」と思ったら、10時を過ぎようとしていた。気づいたタイミングが良かったので事なきを得たが、1人で仕事をするとなると、誰も「遅れるぞ」とか言ってくれない。

それ以降、ソーラー&電波しか使わないことにしてる。セイコーは時折使おうと思っていたのだが、しまったままなのでそのたびに電池を交換するような感じになってしまった。ただ、何度もオーバーホールをしていて、状態はいいようだ。

とりわけ出張や旅の時になると、電波の正確さとソーラーの安心感は大きい。

そんなわけで時計売り場にもあまり足を向けないのだが、最近人につきあってふらりと行く機会があった。

極端に高いものは関心がないのだけど、オメガのモデルなどは何となく惹かれるものもある。いま買えば、いわゆる「一生もの」だろう。

と考えてふと気づいた。いま、僕がいま時計を買っても何年つき合うことになるのか。セイコーは18歳の時から使っていて、35年近く経っても十分に動いている。いまオメガを買って、それだけの年数が経つと日本人男性の平均寿命を超えてしまうのだ。

ううむ、いい時計を手に入れるなら若いうちがいい。もし、この年末のボーナスでちょっといい時計を買おうと思っているなら、「できるだけ早く決めろ!」と言いたくなる。

いいものは長く使える、というけれど、その「長く」は多くの人の余生より長いかもしれないのだ。

時計を20代に買うのは、贅沢でもなんでもない。

というわけで、僕は改めて電池を入れ替えてセイコーを使うことにした。老職人の方に見てもらったが、十分にコンディションはいいという。「この年代のセイコークオーツはね」と嬉しそうに話されて、細かいことはわからないのだが、いわゆる「いい時代」だったらしい。

「ずっと使ってください」と言われて、第一線に復帰してもらうことにした。

とはいえ、仕事の時は電波ソーラーだろう。

おいしい食事や楽しみなコンサートに行く時、あまり細かい時間を気にしないで暮らせる日には、このセイコーを使おうと思う。

まるで、晴れ舞台だけに登板するベテラン投手。でも先に「引退」するのは僕なんだろうな。