「崩壊危機の衝撃の真実」の衝撃。
(2016年9月5日)

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51G4To-bMcLいつ頃からか分からないんだけど、メディアの見出しに、「衝撃」と言う言葉が増えた気がする。今日だったら「LINEモバイルの衝撃」で、「ミサイル3発の衝撃」で、「白鵬休場の衝撃」なのか。ま、休場はさすがに大袈裟か。

こういう傾向は、果たして「日本らしい」のか?別にすべての国を調べているわけではないが、少なくても米国との対比では「日本的」と言っていいらしい。

竹中正治氏の「ラーメン屋vs.マクドナルド」(新潮新書)は、2008年9月というリーマンショック真っ只中に刊行されているが、その前年の日米ビジネス誌の見出しを比較している。

そうすると、日本は76%がネガティブだが、米国では56%だったという。金融危機直前だったこともあるが、震源地よりも日本の方がネガティブだ。「危機」「崩壊」などがやたらと多いという分析だ。

この時の日本は、比較的悪くはなかった時期だが、それでも長い間の低迷があってこういう傾向になったのかもしれない。

さらに日本の首相が使う言葉についても、所信表明演説の調査をもとに「課題」「努力」などが多いという。一方で、大統領は夢を語ることが多い。

そして「危機感駆動型」の日本と、「希望駆動型」という分析をしている。

日本と米国を比較して論じることは、よくなされてきた。一方で「外国では~」という戦後の比較文化論のほとんどが、米国をはじめとする欧米だったことへの批判も強く、さらに多元的な分析がおこなわるようになった。

しかし、米国と日本はその成り立ちなどを含めて、対照的な部分が多い。この本では、多面的に日米の差異を読み解いていくが、基本的な視座としては納得できる。

「ブログの日本」と、「ディベートの米国」のような特徴を、文字体系の複雑さと教育の差異から論じているが、「ああなるほど」とスッキリ理解できる。

社会学的な厳密な分析ではないが、豊富な経験に基づいた話なので説得力は高い。

いま読みなおしてみても、改めて確認できることもあるし、この8年で変化した部分もまたわかる。

秋に向けて米国大統領選もあり、その間に日本はTPPの国会批准への審議をする。それなのに、言い出しっぺの米国では両候補とも懐疑的という中で、日米関係もまた議論になるだろう。

それにしても、今年はSMAPやベッキーなど芸能界も「衝撃」な感じだ。そして、「ショーンK」だと、あまり「衝撃」はない。そうなると、「衝撃」が似合うニュースほど、メディアのバリューは高いということなのか。

一方で、経済系のメディアは「衝撃」がインフレ化して、さらに刺激的になっていくのか。

「崩壊危機の衝撃の真実」

もう、何を言ってるのかわからないけど、そういう見出しだけでクリックする人は結構

いるかもしれない。

それは、またそれなりに衝撃的だけど。