2000年前後のことだけど、日本にはフランス系の「指導者」が相次いでやって来た。日産に来たカルロス・ゴーン、サッカー日本代表のトルシエ辺りは一般的にもよく知られているが、N響の音楽監督のシャルル・デュトワもそうだ。
みな信念のしっかりしたリーダーだ。ただしいまでも君臨しているのは、ゴーンくらいで、N響は後任にアシュケナージを選んだ。
別に指揮者としてすごく変なわけではないし、実績もあるけれど、なんだかガッカリした覚えがある。デュトワの強いリーダーシップに疲れたんじゃなないか?という印象を持った。サッカーの後任も含めて、まあその結果について今さら細かく書くつもりもないが。
いっぽうで、ピアニストとしては、20世紀後半において重要な存在だったと思う。いま聴いてみると、「こう弾くのは、できそうでできないんだよな」と思うことも多い。
最後にピアノを聴いたのは1998年の来日公演で、シューベルトのイ短調ソナタだった。その時に61歳だったが、今年は79歳。そんな齢になっているのか。
というわけで、彼のピアノを聴くとなると昔の録音になる。ショパンやラフマニノフもいいが、最近改めて気に入っているのがモーツアルトのピアノ協奏曲だ。
この演奏、一言でいうと「天然」なのだ。モーツアルトの曲は、いったん悩み始めると収拾がつかなくなって、一生の間「ああでもない、こうでもない」になってしまう人もいると思う。
シンプルで深い。ただ、勝手にズブズブと深く掘ってしまうと、聴いてる方がちょっとしんどくなる。ところが、アシュケナージは「こういうことでしょ」とあっけらかんと弾く。とはいえ、BGM的な演奏ではない。陰翳のあるハーモニーもきっちりと浮かび上がる。
指揮も自ら振っているが、オーケストラも自然で室内楽的にムダのない美しさだ。そうか、この辺りから振る方に行っちゃったんだな。
20番台はもちろんだが、初期の曲集をボーっと聴くのも愉しいので、全集がいいだろう。
正しく、深く、美しい。飽きの来ない演奏だと思う。