マンガ作者の自叙伝や伝記などは、彼らの作品以上に面白く読めることがある。トキワ荘にまつわる物語や、手塚治虫を描いた「ブラックジャック創作秘話」なども興味深いが、この小林まことの回想録は何度も読み返して、そのたびに妙な感慨に浸ってしまう。
それは、作者と僕との年代の近さにもよるのだろう。ただし、若くして既に別世界に行ってたわけで、その辺りがまた面白い。僕が中学から大学生の頃の出版業界やその周辺の雰囲気がわかって、「ああ、そうだったのか」といろいろと感じるのだ。
話は1978年5月に始まる。横花は鶴見の家賃8,500円の4畳半アパート。漫画家を目指して上京するも、なかなか芽が出ず、バイトも長続きせず、食中毒で高熱を出していたところに一本の電話がかかってくる。
少年マガジン創刊1000号記念特別企画の新人賞を獲得したのである。この時から1983年まで「1・2の三四郎」を連載していた時の回想譚なのだが、さすがに小林まことだけあって、テンポもいいしダイナミックで、時折ジンワリと沁みてくる。
受賞したのは作者が19歳の時。いきなり受賞式に遅刻する辺りからして、後の原稿落としを予感させる。翌年には初めてパーティーに出て、梶原一騎に「面白い」と言われて舞い上がり、文壇バーに連れて行かれて、大物漫画家と同じ店にいる!とはしゃぐ。
やがて、月刊マガジンとの連載かけもちなど、相当に多忙な修羅場を潜り抜けつつも「1・2の三四郎」がマガジンの屋台骨となっていく。
という話だけならば、この一冊は敢えて取り上げるような本ではなかったと思う。このストーリーの横糸には、2人の漫画家がいる。小野新二と大和田夏希だ。小野は小林と同期の新人賞で佳作。大和田も同じ頃にマガジンで連載開始。3人はライバルであり、親友だった。小林が多忙でパーティーにも行けずくさっている時に、2人がやってくる。そして、朝まで語り、遊び明かす。群像劇だからこそ、時代の熱気が伝わってくる。
ただし彼らの名は、あまり耳に馴染みはないかもしれない。デビュー直後に活躍したものの、既に20年ほど前に帰らぬ人となっているのだ。
その経緯を書くのは野暮になるので控えておくが、そこにこそこの作品のもつ凄味でもある。
回想譚ではあるけれど、単なる思い出話ではない。読んでいると不思議とエネルギーがもらえるような気分になってきて、折に触れて読み返してしまう。
「読んで元気になる」という意味で、この一冊もまさに小林まことらしさが凝縮された世界が詰まっているのだ。この時代のマンガに思い出があるなら、とても響いてくると思う。