【本の話】腕っこきの料理人が作るまかない飯『谷崎潤一郎犯罪小説集』
(2016年1月10日)

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谷崎潤一郎『犯罪小説集』 51ieBPUtkWL
で、書き始めてから思ったんだけれど、もっとも紹介をしにくいのがミステリーの短篇集だ。

もちろん、ミステリーだからネタバレは避けたい。長篇であれば、まあ全体のあらすじとかを書いて、仕掛けの構造などを書けばいいのだけど、短篇集だと、それをいちいち書いていたら、慌ただしいばかりだ。

というわけなのだが、まず谷崎潤一郎と犯罪小説という組合せにどう感じるだろうか。「あ、それは面白いかも」と思う人には、まず十分に面白いと思う。僕もそうだった。つまり、谷崎独特の人間観のようなものが、犯罪をどう描くのだろう?という楽しみは十分に満たされるのだ。

またロジカルでありながらも、どこかそれだけで割り切れない超越した感覚を求める人にも合っているのではないだろうか。

一方で、ミステリーは好きだけど「谷崎って誰よ」という人は、やめたほうがいいかもしれいない。微妙な突っ込みどころはあるし、そもそも「あの設定は○○と同じ」とかになりかねないからだ。

腕のいい料理人のつくる「まかない飯」とでも言えばいいのだろうか。いや、それでも二流のシェフが出す皿よりも相当にいいのだけれど、あえて素材を仕入れに行ったりはしていないのである。

もしかしたら、彼の小説に出てくる予定の人間を犯罪に走らせてみたんじゃないか?と思ってしまうところもあるくらいだ。

4篇収録されているが、舞台は大正時代の東京だ。「上野の山下にある弁護士S白紙の事務所」や「金杉橋の電車通りを新橋の方へぶらぶら」など、そうした情景描写の味わいながら、タイムスリップする愉しさもある。

谷崎好きの人にはもちろん、「実は谷崎ってさ」とうんちくを語りたいミステリー好きの人にもお勧めできる一冊である。